<1・法律。>

2/4
13人が本棚に入れています
本棚に追加
/54ページ
 ***  医療が発展するにつれ、人々が直視せざるをえなくなった問題が一つある。  それが数多くの遺伝子病と、遺伝子が齎す性格や才能への影響である。  無論、遺伝子病の因子を持っていても必ず該当の病気を発症するとは限らないし、特定の遺伝子を持っていたから必ずしも何かの才能を開花させるなんてことにはならない。人の健康や性格、才能の有無は環境にも大きく影響されることになるからだ。だが――それがわかっていてもなお、遺伝子による影響を無視できないと考える人が、この国には増え続けていたのである。そして、この国の上層部にも。  ひょっとしたらそれらの情報には、人類が知るべきではなかったパンドラの箱の中身も含まれていたのかもしれなかった。  ついに国は、遺伝子病を克服し、一人でも多く“才能に溢れた優秀な人間”を生み出すため、とんでもない暴挙に出ることになるのである。  それが“指定婚姻法”。ペアリング法、と呼ばれることもある法律だ。  出生届と同時に、赤ちゃんはそれぞれの遺伝子をデータバンクに登録されることになる。そして、その遺伝子に“尤も相応しい相手”をAIが選びだし、ペアリングをするのだ。  全ての国民は、このペアリング相手を登録したアイテムを渡され、基本的に身に着けておくようにと指示されることになる。このリングは、AIが選んだ“パートナー”が近づくと反応を示すのだ。  全ての国民は、ペアリング法で定められた相手としか子供を作る事が許されない。  むしろ、その相手と必ず子供を作らなければいけない。――彼ないし彼女と結ばれることで、国が望む“最良の遺伝子”を持つ子供ができるとされているがゆえに。 ――そして、その法律を守れない者には、容赦なく罰が下される。  部屋で一人、銀色の指輪を見つめて勇気は思う。 ――二十歳までにペアリング相手を見つけないと死ぬ。二十五歳までに、子供を作らないと死ぬ。……百年前の人も馬鹿だろ。何でこんな無茶な法律作ったんだか。  百年前に施行された法律は、もはやこの国にとって当たり前のものとなってしまった。  恋をしても、結ばれる相手はペアリングで決まった相手のみ。裏を返せば、どれほどペアが嫌いな人間でも、その人物との間に子供を作らなければ両者は処刑されることになっている。政府の望む“優秀な遺伝子の子供”を作ろうとしない反逆者には、生きている価値がないと見なされるためだ。むしろ、“想定外の遺伝子の子供”を伴侶以外と作られても困るということなのだろう。  この国で自由に恋愛ができる方法は、あまりにも少ない。  他の未来を全て犠牲にして、出生届がない闇子として生きるくらいだ。しかもその選択は、赤ん坊本人ではなく親にゆだねられている。本人に選べる手段は、ほぼ皆無だと言っても過言ではなかった。
/54ページ

最初のコメントを投稿しよう!