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そうしていまオレは、晴れた日には、この白い望遠鏡でオジイサンと同じように、紺碧色の夜空に煌めく赤い一等星を見つづけている。赤い一等星を見つめていると不思議と双子のアネの顔が浮かんできて、生まれてきた時のように一心同体に戻ったように感じられるのだ。大量の食糧を備蓄し隠遁生活をはじめたのは、ひとつの願いを叶えるためであり、もうひとつの目的を実現するためでもあった。
最後に貴方に伝えておきたい。貴方の兄やナミのように人間社会と決別した人たちのために、いつの日にかオレは、この堅牢な木造家屋を一隻の船に造りかえて阿呆船にするつもりだ。 ──もちろん祖父が懇意にしていた腕利きの大工の跡取り息子に依頼をして── 貴方の兄やナミたち人間社会と決別したオレたちだけのための阿呆船を…… ──オレはオジイサンの蔵書のなかから、15世紀のドイツの作家ゼバスティアン・ブラントによって書かれた『阿呆船』尾崎盛景訳を見つけていた──
明け方、目覚めたシーを抱きあげ、まだ紺碧色に広がる夜空を見あげると、いくつもの尊い星たちの煌めきがあった。シーが小さなピンク色の舌で、オレの頬を舐めるのが合図だ。
阿呆船は出航する! オレは甲板に屹立しつぶらなひとみのシーをしっかりと抱きながら、アネモネのような笑顔のナミとともに前を見すえる。阿呆国ナラゴニアというよりも双子のアネがいる赤い一等星を目指して……
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