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それからいく日かが経過した晩夏の遅い時間に、突然ナミがパジャマ姿のまま茶の間のサッシ窓を叩いた。驚いた母がわけを尋ねると、ナミの父親が酔って物を投げつけてきたという。母は、とりあえず今晩はウチに泊まりなさいといって、泣きはじめてしまったナミをやさしく宥めた。
──明日の朝には酔いも覚めるだろうから、そうしたらおばさんがナミちゃんのお父さんときちんと話しをしますから。今晩はユウちゃんと一緒におやすみなさい。
オレとナミは並んだ布団の上で、スズメやらの小鳥の囀りが聞こえはじめる明け方まで眠らずにいた。ナミはずっと啜り泣きが止まらなかったし、言い知れぬ怒りに襲われたオレは、無意識に右手のこぶしを握ったまま、なぜナミが泣きつづけているのかぼんやりと浮かぶ天井を ──身近なひとつの宇宙として── 睨みながら考えつづけた。
──アネちゃん! なぜナミちゃんは泣きつづけているのだろう? ナミちゃんを泣かせている奴をオレは絶対に許さない! 朝陽が昇り小鳥が囀る世界はとても美しいけれど、この世界は美しいものだけではなく、どこか醜く歪んでいるものが存在している。いつの日かオレは、醜くく歪んだ存在のいちばんてっぺんに立って偉そうにしている奴をやっつけてやりたい。二度とナミちゃんが泣いたりしないように!
道端にススキの穂が目立つ初秋になっても、ナミの母親は戻らなかった。事情を知った母方の祖父母が、ナミの今後を心配して引き取ることになった。祖父母は宗教団体から娘を取り戻すため、いろいろな手段を使い力を尽くしているようだったが、簡単なことではなかった。ナミは母親が宗教団体の信者になって戻らなくなったことをきちんと理解していた。
──ユウちゃん! お母さんがこんなことになった責任はワタシにもあるのよ。お父さんを拒むことができなかったから。お母さんをひどく悲しませてしまった……
ユウちゃん! きっと手紙を書くから!
またふたりで赤い一等星を眺める日が来ることを願って……
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