最後の手紙

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最後の手紙

 オレがなぜ貴方(あなた)に手紙を書こうと思いいたったのか? はじめのうちはオレ自身も明確な答えに窮していたのだが、ようやくその理由が了解されてきた。韓国系の宗教団体に翻弄され崩壊した貴方(あなた)たち家族の実態について、さまざまなな報道に接しているうち、オレはひとつの願いを(かな)えなければならないと強く渇望するようになった。そう、殺人未遂事件 ──本来ならオレが為すべきこと── を起こした幼馴染みのナミが別れ際に言ったひとつの願いを、愛犬シーズーのシーとともに叶えたいと……  オレは小学校を卒業すると、父親の勤務地だった太平洋岸の地方都市に引越し、ナミのいなくなった国鉄官舎を去った。その後、高校、大学と進学し世間一般の若者と同じような青春を送ることができた。そうして社会の荒波にもまれながらも何とか一般的な社会人として生きている今、 ──ときおり脅迫観念の虜になり心療内科に通う日々もあったが── オレはある本を読んだことをきっかけに、ひとつのおそろしい事実を夢想しはじめるようになった。  その本によると、南アメリカのコロンビア山岳地方の寒村では、畸形(きけい)のシャム双生児 ──シャム双生児=結合双生児とは、体が結合している双生児のこと── がしばしば誕生していたという。市場で泥人形を売る屋台でも、五体満足なのは真ん中に置くのに対し、欠けたりひん曲がったりしたものは、できるだけすみっこに置くように、世界の中心から遠い所のすみっこでは畸形の誕生が似つかわしいと記されていた。日本のすみっこの東北地方で誕生した双生児が、畸形のシャム双生児だったとしても不思議はない。しかもシャム双生児として生まれたふたりのうち、オレだけが選択され生かされたという真実さえも……  たしかに物ごころついた時期に、オレは自分のヘソを中心にあたかも痕跡(こんせき)器官のような円輪の(あと)があることに気がついた。けっして他の子どもには見られない円輪の痕が、どうして自分にだけあるのか、浴室の鏡に映しながら不思議に思ったものだ。  あくまで推測の域を出るものではないが、いま 思えば、祖父は畸形のシャム双生児を産んだ長女と秘密裏に選択され生き残った孫の身を案じ、この要塞のような堅牢な木造家屋を建築したのではなかったのか? 初孫の誕生を素直に喜べない苦渋の決断とともに、生かされなかったもうひとりの孫を鎮魂するための祈りの場所としても。  そうしていまオレは、日本中を揺るがした貴方(あなた)の兄が起こした元首相銃撃殺害事件を契機として、ようやく今まで放置されつづけてきたこの堅牢な木造家屋で、祖父の願いよりもかなり年月が経ってしまったが、シーとともに隠遁(いんとん)生活をはじめたのだ。生かされなかった双子のアネを鎮魂しながら、またひとつの願いを叶えるために……  ──アネちゃん! オレはこの紅焔のように赫い鋭角な三角屋根の木造家屋に移り住んでわかったことがあったんだ!  2階には屋根裏につながる木製の階段が立てかけてあって、6畳ほどの屋根裏部屋がある。三角屋根の頂点には大きな天窓があり、その真下には本格的な白い反射式の天体望遠鏡が備えられていた。この本格的な白い天体望遠鏡をはじめて見たときオレは、亡き母の言葉を思い出したよ!  ──オジイサンは、いつも祈るように遠くを見つめていました。たえずやさしそうな表情で夜空を眺めていました。  おそらくオジイサンは、白い天体望遠鏡で夜空を眺めながら、生かされなかったもうひとりの孫に話しかけていたのではないだろうか? オレの記憶に残るオジイサンのやさしく(いつく)しみに満ちた表情から、きっと哀惜と慈愛に満ちた言葉を語りかけていたに違いないだろう。
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