46人が本棚に入れています
本棚に追加
「ね、どうしてだろう」
朝倉は腕組みをしてじっくり考えていた。
「神宮字は、タイムスリップしたその直後にその龍之介さんという侍と会ってるんだな。その人はそんな林の中で何をしていたんだろう」
雪江はそんなこと考えてもみなかった。そう言われると確かに変だ。
「なんか話し合い、喧嘩でもしていたのかもね。私がいきなり現れたことですぐに逃げてった。それっきりその人たちのことは何も言わないけど」
徳田たちもそれを聞いて大きな長いため息をついた。
「雪江だけが特殊だな。俺たちはそういう現れ方をしていない。聞いていると雪江はまるでその侍を守るためにタイムスリップしてきたみたいだ」
そう言われるとそうも思えるが。
「まあ、とにかく雪江が無事でよかった。これで俺も安気して隠居生活ができる」
「え、先生、隠居?」
「ああ、俺ももう歳だからな。現に息子たちに家業を継がせている。俺の次男は久美子先生と結婚して中洲の旅籠を経営してる。その隣の料亭は徳田たちに任せているし」
ようやく遊べると大きく伸びをした。
「じゃあさ、私、そこで働ける? なんとかして食べていかないといけないでしょ。ずっと龍之介さんたちのところにお世話になっているわけにいかないし」
「あのお侍さんたちは浪人かなんか」徳田が興味を持ったようだ。
「そうじゃないと思う」
そう問われて初めて雪江は龍之介たちのことを何も知らないことに気づいた。
「式部長屋だったな。人別帳を見てみよう。身元がわかる。けれど、神宮字は働きに来るのはいいけど、もう少しその侍さんのところにいた方がいいと思う」
「え、どうして」
雪江はやっとなんでも話せる皆に再会できたのだ。こっちに住めたらどんなに安心だろう。けど、その心の奥底には龍之介と離れることが寂しいとも感じられた。
最初のコメントを投稿しよう!