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わかってる。朝早く起きなくてはいけないってこと。けど、先生たちや裕子と徳田に会ったことで興奮して眠れない。
もっと話したかった。江戸にいる不安、そしていつ元の時代に帰れるのか。そんな具体的な話をして少しでも安心したいという思いが心の底にある。そんなことばかり考えていて頭が冴えてしまった。
だから朝、目が覚めた時は日が高く登っていた。
「起こそうと何度も声をかけたのだぞ」と遠慮がちな龍之介の声を背中に聞いて、雪江は朝食も食べずに長屋から走って行った。
なんて失態だろう。肩で息をしながら料亭に飛び込んだ。
「ごめんなさい。もっと早く来るつもりだったの。本当にごめん」
平謝りした雪江。
しかし、徳田は雪江の顔を見るなり、ホウキのお化けみたいなのを押し付けてきた。長い竹の棒に細かい竹の枝が括り付けてある。それを受け取ってぼうっとしてしまった。これって魔女が乗る空飛ぶホウキのよう。
「おい、雪江、本当ならこれは誰も歩いていない朝早くやるべきことなんだ。けど、暇そうなのはお前だけだ。表を履いておけ。ただし、通りにいる人には気をつけろよ。その人が将来うちの店のお客になる人かもしれないって思って気を遣って履くように」
「これってホウキなの」
「竹ホウキって言うんだ。よろしくな」
徳田はそう言ってさっさと奥へ入ってしまった。もっと話したいのに、相手にしてもらえない。
料亭の玄関では、拭き掃除をしている女中数人が廊下を行ったり来たりしている。誰も雪江に構ってくれそうにない。確かにのんびりと昔話をしている暇はなさそうだ。
仕方なく、渡された大きな竹ホウキを抱えて外へ出た。めだったゴミは落ちていない。キョロキョロしていると他の店先でも小学校低学年くらいの少年が背丈よりも高い竹ボウキを懸命に動かしていた。
秋の風に吹かれてきた落ち葉を履いているらしい。雪江はそれに見習って、落ち葉を中心にして履くことにした。
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