詩「とと」

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梅雨だったと思う サバの水煮缶を大量に購入して 台所のストック入れにしまっておく 埃がかぶらないように 定期的にそのことを思い出しながら 出汁の香りが朝、 窓からの風に流れて娘を起こす おはよう かすれていく風景だ くたびれている休み明け コーヒーも、 アルコールも、 煙草も、砂糖も、パンも、 肉すらも辞めたというのに、 ここにある幸せのなんと悲しいことか 人が名前をつける 誰かがなにかに物事の基準を振り分ける だからぼくは嫌いなんだと思う 人間の世界と 人間の生活が 少しだけ窮屈に感じるようになったのは 幼い頃に自殺した兄の影響だったのかもしれ  ないけれど、 その青臭い思い出の中にある 情景、 それだけは決して錆びることもなく まだぼくの頭の中でふわふわと泳いでいる 引き出しを開ける サバの缶詰を取りだして ふっと息を吐いて埃を払い プシュッという音と同時に指は赤く痛んだ とと臭い香りが広がる ぼくは今日も起きている 誰かに起こされる前に 朝、 一人で起きられたように 自分の人生は自分で決めたい そう娘に語ったように ぼくはぼくの繊細な朝食を 人間らしく頂こうと思う
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