告白

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 青天の霹靂。それってこういうことを言うのだろうか。    まだ小学校4年生の一人娘が『ヘンタイ退治』をしようとして、襲われかけた。警察署からの連絡に目の前が真っ暗になった。  慌てて迎えに行くと娘は無傷で、その無謀な計画とその計画に至る経過に目眩がした。  私たち夫婦は共働きの美容師で、娘はいわゆる鍵っ子だった。誰に似たのか、親の贔屓目抜きにとても可愛く、きれいな子どもで、夫は甲斐甲斐しく飾り立て、街を歩けば何人もの人が振り返るほどだった。  娘も自己主張するようになり小学3年生頃からパンツスタイルを好むようになった。更にスラリとしたスタイルの良さが際立った。  見た目がよいだけではない。優しい娘だった。だからなのか、私たちに心配をかけまいと度々、痴漢被害にあっていたり、車に連れ込まれそうになっていたりしていたことは全く話さなかった。  最近、同級生の女の子と下校中に被害にあい、同級生はショックで登校できない状態に陥っていたことも知らなかった。そのために娘と他の同級生が犯人を捕まえようとして、逆に娘が攫われそうになったことも。 「母親の癖になんで知らないんだ、気がつかないんだよ」  夫の裕太は顔を真っ赤にして怒った。裕太は美容室の店長、私はその店のチーフスタイリストを務めている。母親だと言われても娘と顔を合わせる時間は少ない。  まして、最近の裕太は何かと理由をつけて店を抜け、帰宅も遅い。店も家庭も私に皺寄せがきていた。 「あなただって父親でしょ。かわいい衣服を買ってくるだけが父親じゃないわよ」 「俺は店のことで手いっぱいなんだ」  バツが悪そうに言い捨てる。警察でもこってりお説教された娘は恐怖と緊張から疲れ果てたようで自室のベッドでぐっすり眠っている。私たちは2LDKのリビングで小声で話し合っていた。 「しばらく早く上がって葵の様子を見るわ」 「何言ってんだよ、お客様はどうする気だよ」 「じゃあ、葵はこのまま放っておくの?」 「そうは言ってないだろ。…葵にはちゃんとした母親が必要なんだよ」 「ちゃんとした母親って…。だから早く上がれるように配慮してもらいたいの」  裕太がため息をつく。そして、強い視線で私を見つめた。 「別れよう。お前は母親じゃない、美容師なんだ。店にはお前が必要だし、葵には母親が必要だ」  見たことがないような裕太の表情に心の中で警戒音が鳴る。 「何を言ってるの? 私は葵の母親よ? 仕事は好きよ。でも、葵が一番大切に決まっているじゃない」 「じゃあ何で仕事を辞めるって言わないんだよ」  息が止まるかと思った。今、私が仕事を辞めたら店は立ち行かない。すぐに経験のあるスタイリストが来てくれたらいいけれど、そんなに都合よくいくわけではない。  まして、私が店のためにしていることをどう考えているのか。 「いいの? 辞めても?」 「菜緒から仕事を取ったら何が残るんだよ」  裕太が顔を歪めて嘲笑う。警戒音がけたたましく頭の中に鳴り響く。これ以上、裕太のねちねちした話を聞きたくない。こんなやらしい話し方、なんで私に対してするの? 信じられない。何のために私は孤軍奮闘しているのかわからないの?  もう話は終わりだ。私はソファから立ち上がった。 「明日から14時で上がる。調整してください」 「必要ない。千尋が店を辞める。千尋に母親になってもらう」 「…!?」  千尋ちゃんはアシスタントの女の子。スタイリストの試験に苦労していて、裕太がアドバイスしている。  ソファに座る裕太を見下ろした。そこには私の夫ではない、見知らぬ男が座っていた。 「妊娠している。俺の子だ」  本当はわかっていた。素直でかわいい千尋ちゃんは家庭向きで、裕太の望んでいる女の子だということを。ライバル同士のような裕太と私の関係は夫婦としては破綻していることも。 「背信行為だということ、わかっているわよね?」 「…菜緒は仕事のパートナーとしては最高だ。だけど人生のパートナーではない…。菜緒も考えていただろう?」 「同じにしないでくれる?」 「俺は千尋に心が動いた。けれど、お前は俺に心はなくて、常に仕事や店に心があっただろ。お前こそ、俺を裏切っていたんだ」  かっときて裕太の頬をビンタした。裕太も痛かったと思う。私の手もじんじんとしたけれど、それ以上に心がずきずきと痛む。今まで積み上げてきたもの全てが崩れていくような気がした。
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