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「長野と付き合っている?」
久しぶりに会った中里社長もやつれていた。皆大変な思いをして何かを守ってきたのだ。
「はい、まぁその…」
今や長野くんとは同じ家で暮らしていた。同棲、だ。
「同じ店の中の恋愛は気を付けて。吉田さんは…痛い目に遭ったよね」
冷や水を浴びせられた気がした。裕太と千尋ちゃんのことを思い出す。
「気を付けます」
「売上、吉田さんの店だけ回復が遅い。何か思い当たらない?」
わかっていた。長野くんは私との関係を笠に着てスタッフに指導していた。高圧的なその行動は反感を買っていたが、私にも止められない。
まさかそれが娘に対しても行われているとは思わなかった。だから、娘のことで例の『ヘンタイ退治』の時にお世話になった警察官から話があった時に足元が崩るような気がした。
痩せたとは思っていた。だけど、体重を聞いて驚いた。嫌がる娘の腕を握りその細さに悲鳴が出そうになった。長野くんは娘にプレッシャーをかけていた。
『菜緒の優しさにつけこむなよ。お前が菜緒の負担になっているんだ。中学生ならもう自立しろよ』
娘のお小遣いを長野くんの言葉を真に受けて減らしていた。お菓子を買い食いばかりして食事をとらない、と。その食事も娘が先に食べたという長野くんの言葉を鵜呑みにしていた。
違う、見なかった。母親であるよりも、女でありたかった。長野くんと出会って私は初めて女としての快楽に溺れた。焼け落ちて灰になるような、その刹那に身を焦がした。
でも、長野くんと娘を秤にかければ娘を取る。長野くんに別れを告げた。彼は納得しなかった。
「なんで? 菜緒のために尽くしているのに。菜緒だって俺と離れられないだろう? 2人は一緒にいる運命なんだ」
「でも私は母親なの。私には娘が必要なの。長野くんとは楽しかった。ありがとう。でも、人生を共にすることは考えられない」
「あの子は松本さんに返せばいいだろ」
「違うの! 葵は私が育てているのよ」
「愛している。菜緒を愛しているんだ。俺だけのものになって」
「…ごめんなさい。あなたと同じようにはあなたを愛せない」
「俺を…裏切るの?」
「ごめんなさい」
なんとか彼を家から追い出した。葵がほっとした表情を見せた時に、本当に憑き物が落ちたような気がした。
「ごめんね、葵」
抱きしめた葵のその細さに私自身の罪深さに震えた。
中里社長が長野くんを他の店に回してくれた。そして、私は降格を告げられた。
「片方だけ処分という訳にもいかないしね。2人で店の秩序を乱したわけだし」
少し硬い表情で中里社長に言い渡された。長野くんの暴走を許していた私には反論はない。2人のアシスタントが既に店を辞めていた。
「申し訳ありません」
「…残念だよ」
その言葉は胸に刺さった。あんなに目をかけ手をかけてもらったのに、男に溺れて店を壊してしまった。
「新しい店長に協力して店を盛り立てていきます。本当に申し訳ありません」
「…今度来るのは女性店長だ。簡単に店の中で体を開いてもらっていては困るからね」
社長の投げやりにも聞こえる言葉に背筋が凍る思いだった。
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