告白

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 それから1か月もせずに長野くんが家に押し入り娘に暴力をふるった。大怪我をして入院した娘に裕太が怒りに震えた。 「何やってんだよ」  病院の待合室で裕太に罵られる。それは仕方ない。 「葵は俺が引き取る。菜緒には任せられない。やっぱりお前は母親じゃないんだよ」 「それは嫌。葵は私が育てるっ」 「母親失格だろ。男に溺れて、男に葵を傷つけさせて」 「違うっ。私は葵を選択した(とった)の。彼とはもう別れていたのよ」 「別れていたって葵の怪我(これ)はどういうことだよ。菜緒のだらしなさのせいだろっ!?」 「…それは違うだろう?」  私と裕太の間に入ってくれたのは中里社長だった。 「松本が裏切らなければこんなことにならなかったんじゃないのか?」  元上司のこの言葉に裕太も引き下がらざるを得なかった。裕太が去った後の病院の待合室で社長が傍についていてくれる。高ぶる心を落ち着けるよう、深呼吸を繰り返す私の背をさすってくれた。 「…なぁ、俺はどうだ…?」  緊張した社長の声に私は何を言われているのかわからなかった。 「感染症がなければ吉田さんをデートに誘おうと思っていた。まさか長野と付き合うなんて思ってもみなかった…」  震える指先を握りしめる。何を言われているんだろう。 「吉田さんを店長にしたのも下心があってだよ。俺を頼ってほしかった」 「…社長の想いも裏切っていたんですね、私…」 「裏切りではないな。何も始まっていなかったから」  そうだ、ときめいていたけれど、何も始まっていなかった。 「そうですね。始まっていなかった…」  それはこれからも。今度こそ私は娘に向き合わなければならないから。  私のために大怪我を負った娘はそれでも私と暮らしたいと言ってくれた。娘の信頼に今度こそ応えたい。そう願った。  娘の友だちの健人くんと拓海くんがオリジナルの携帯アプリを作ってくれた。小学生の時からのストーカーが未だに娘を狙っているという。  葵が危険を察してアプリを始動させると登録した人に位置情報が示され、尚且つ私の携帯に音声が飛んでくると言うものだ。その音声は自動録音されるという。  大袈裟に感じたこのアプリが早々に活躍した。中学の教師に校内で襲われかけたのだ。未遂に終わったが、その時私は接客中でまったく通知に気がついていなかった。  娘の危機にお客様とイケメン俳優で盛り上がっていたのだ。病院からの電話で事件を知り慌てて早退した。  今回はさすがに娘のダメージが大きく、男性が近づくと過呼吸状態に陥った。細い体を震わせ意識を失う娘に言葉を失った。  入院中の娘を病院に残し、長野と暮らしていた家から引っ越した、まだ馴染めない家で一人通帳とにらめっこをする。  裕太が養育費を払ってくれている。1年くらいならば仕事をしなくても何とかなる。今回ばかりは仕事を辞めようと思った。仕事を辞めてじっくりと娘と向き合わなければきっと後悔する。  美容師は私の天職だ。髪がまとまらないというお客様が次に来た時に笑顔で喜びを伝えてくれる時にやりがいを感じた。  裕太や長野くんみたいに施術によって新しい自分との出会いを作り出せるわけではないけれど、普段着の自分を好きになれるようお手伝いすることは得意だと思う。髪型は毎日のもの。毎日が好きな自分でいられるようにお手伝いしたい。  1年くらいならまた仕事に戻れるだろう。今度こそ、葵と向き合いたい。 「…私は一人で生きていきたい。お母さんにもお父さんにも自分の人生を生きてほしい。私は私の人生を生きたい」  中学3年生の葵は呼吸を乱しながらそう言った。目の前が真っ暗になった。葵を裏切り続けた私はついに葵から決別を切り出された、そう思った。  でも、冷静になればわかる。優しい娘は自分の存在が私や裕太を苦しめると思っているのだ。  社長のことも気がついているのかもしれない。娘は私に私のことだけ考えるよう、そう言いたかったのかもしれない。  けれど、葵、それは違うのよ。私はまずあなたの母としてありたい。母としてまだあなたのそばにいたいのよ。  娘に告げられない言葉が心の奥底から溢れ出る。  思いと私の行動はまさに言動不一致だ。私の言葉はきっと受け入れられない。娘は頑なに私を拒否するかもしれない。  でも、私の気持ちは変わりようもない。
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