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「俺の子猫ちゃんが可愛すぎるんですが、うさぎどん」 「……うさぎどんはやめてくれぬか?わんこどん……って昔話か」 「そこはわんこどんじゃなくていぬどんじゃないか?」 「語呂が悪いだろ」  今日も俺はいつものように理音を起こしに行き、寝顔と恥ずかしそうな顔を見て満足した。インハイが近いせいか、今朝の朝練は結構きついメニューだったので、ハァハァと色っぽい声を出しながらへばる理音を、ムラムラしながら教室まで送ってやった。 もう俺は変態だって自覚したからあんまり自重しない。今は授業の間の休み時間。クラスメイトの中では一番仲の良い宇佐木葵(うさぎあおい)に、俺は開口一番ノロけていた。 「まァいいよ、うさぎどんでもなんでも。で、何?オマエの子猫ちゃんが可愛すぎるって?そんなら早く俺にも紹介しろよ。幼なじみなんだろ」 「お前は絶対余計なこと言うからいやだ」 「俺は純粋なRIONファンだぞ!」 「なおさら紹介したくない」  宇佐木は高二になってから同じクラスになった。第一印象は悪すぎたのだが、今では男が(というか理音だけ)好きだとカミングアウトできるほどの仲良しだ。というか――最初からバレてたんだけどな。  あれは2年になったばかりの頃の放課後。  理音が仕事だから、俺は教室で部活に行く準備をしていた。そしたらコイツがいきなり俺に話しかけてきたんだ。  宇佐木は少し髪が長くて金色に染めている上にピアスも空けていて、見るからに不良だった。黒髪で短髪な俺とは絶対に気が合いそうにない風貌。身長は理音と同じくらいか、少し低いくらい。だから別に奴が怖いとかそういうのはなかった。  しかし、俺は近づいてくる宇佐木を警戒した。あまり仲良くない奴が声をかけてくるとき、そのほとんどが理音絡みだった。それは相手が男でも女でも無条件にイラつく。そして目の前に来た宇佐木は、ニッと笑いながら俺の耳元に口を寄せてこう言った。 『お前さ、ゲイだろ?』 『……?』 『黙ったってことはビンゴ?』  認めたというより、俺は言葉の意味を考えていた。『ゲイ』という言葉は、幼馴染みの男が好きという特殊な嗜好以外、勉強とバレーだけをしてきた健全な青少年である俺には聞き慣れない言葉だったのだ。 しかし、本もよく読む俺は偶々その言葉の意味を知っていたので、ゆっくりと思考した。『ゲイ』とは……確か、同性愛者のことだ。え。俺ってゲイだったのか?いやでも理音以外の男なんて興味ないし、むしろ願い下げだ。  というかこいつは一体俺の何を見てこんなことを言ってきたんだ?突然失礼じゃないか。それか俺、自分で気付いてないだけでそういうオーラを振りまいてるのか?というかコイツは一体何者なんだ? 『おい、固まるなよ犬塚』 言い返す言葉も見当たらず、俺はとりあえずこれ以上ないという凶悪な顔で宇佐木を睨んだ。 『うっわ恐い!ちょ、別にケンカ売ってねぇからその顔やめて!?まじで恐いから!!』 『理音になにか用か?内容によっては容赦しない』 『は?りおんって誰?』 『俺を脅しに来たってことは、お前の目的は理音なんだろう』 全く、次から次へと何でこうも―― 『何か勘違いしてない?何度も言うけど俺、別にケンカ売ってないから!あ、俺は宇佐木葵。知ってるか、後ろの席だし』 『俺は犬塚昂平だ』 『そこは律儀に返してくれるんだ……うん、知ってる。お前が犬塚昂平だって分かって話しかけたから。てか違うって、その、俺も同じだからおまえと話してみたいなって思ったの!』 『同じ?』 『だから、ゲイってことだよ』  そこでハッとしてキョロキョロ周りを見渡したが、教室にはもう俺達二人しか残っていなかった。ほっと胸をなでおろす。いくら宇佐木が不良でも、人が残ってる教室でこんな話をするほど馬鹿じゃないらしかった。  もう部活は遅刻決定だが仕方ない。俺が何よりも優先してるのは、理音と理音に関することだから。 『そうか、それでお前も俺と同じで理音が好きなんだな。単刀直入に言う、理音は渡さん』 別に俺のものでもないけど。 『いやいやそれが勘違いだから。りおんて誰だよ?』 『3組の猫田理音。俺の幼馴染だ』 『あーそう、犬塚くんはそのりおんくんが好きなのね、安心して、俺ガキには興味ないから』 『ガキだと?』 凶悪な表情のまま、ピクッとこめかみが動いた。自分で言うのもなんだが、この時の俺はめちゃくちゃ恐い顔だったと思うんだが。 ――けど、今度は宇佐木はビビらなかった。 『高校生はガキだろ。俺も、おまえも』  確かに今の俺の態度はガキっぽいかもしれない。でも、不良然とした見た目のこいつが俺と友達になりたいなんて非常にうさんくさいし、いきなり人のことゲイ呼ばわりするし、どう考えても簡単には信用できなかった。
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