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19
昂平に辞書を借りたあと、俺は急いで自分の教室に帰った。先生は既に教室に来ていたので、遅れて入ってきた俺はちょっと怒られた。せっかく辞書を忘れたから(わざとじゃない、絶対にわざとじゃない)自分から昂平に会いに行けたのに、まさかこんな嫌な思いをさせられるなんて。
うさぎあおい。マジでなんなんだ、あいつは。
昂平がカッコいいとか目ぇおかしいんじゃねーか?眼科に行きやがれ!確かに昂平はカッコいいけど!!
――全体的に地味だけど、すっげえ至近距離でよーっく目を凝らして見たら「あれ?こいつもしかしてかっこいいんじゃね?」って思うような微妙なカッコよさなんだ。パッと見だけじゃ絶対に分からない。身長が高いから、それだけで寄ってくる肉食系女子もたまーにいるが。
でも、あいつのカッコよさを分かるのは俺だけでいいのに。女子だって分かってない奴が多いのに、なんであんな奴が!昂平はどっちかといえば男にモテるタイプだけど!
「猫田くん、さっきから当てられてるよー」
「え?わかりません!」
それでもまだ女子ならいい、女子なら。だって昂平がモテても、すぐに一緒にいる俺のことを好きになるから。わざとそう仕向けたりもしてんだけど。
「教科書を開きもせずにいい度胸だな、猫田……放課後ちょっと来い」
「いやです!」
「ホントにいい度胸だなおい」
これはあんまり当たることがない俺の勘だけど、今回は当たってる気がする。あの宇佐木って野郎は、昂平のことが好きなんだ。
男のくせに昂平のことを好きになるなんて、マジでありえねぇ!きもちわるい! ――あ、俺はいいんだよ、昂平しか好きじゃないから。生粋のゲイじゃねぇもん。
「放課後来るのが嫌なら次のページの課題、明日全部お前に当てるからな」
「わかりました!」
俺はやっと顔を上げて先生の顔を見た。いきなり反応した俺に先生はギョッとしている。いやいや、課題が好きなわけじゃねぇから。ただ、これで今夜昂平んちに行く口実ができたなーって思っただけだ!
昼休みも、昂平はいつものように弁当を持って俺のクラスに来てくれた。そういえば、俺と昂平が会うときってほぼ毎回昂平の方から会いに来てくれてる。そんな事実に、俺は今更ながら気付いた。
朝は部屋まで迎えに来てくれるし、昼休みはいつも俺のクラスで食べてるし、部活行けるときはわざわざ誘いにきてくれる。俺から昂平に会いに行くことはめったにない。例外があるとすれば、今日みたいに忘れ物をした時だけ。だから今の今まで、宇佐木の存在を知らなかったんだ。
無言で俺の前に座り弁当を広げる昂平に、俺は話しかけた。
「あいつはいいのかよ、誘わなくて」
「あいつって?」
「宇佐木だよ、友達なんだろ。……つーかあいつと弁当食べたいとか思ってんなら別にわざわざ俺んとこ来なくていいし」
ああ、なんで俺っていつもこんなこと言ってしまうんだろう。我ながらホントに可愛くない。
「あいつも昼休みは一緒に食べたい相手がいるんだよ。つうか俺があいつと昼食べたくないし」
「なんで?仲良しなんだろ?」
「お前ほどじゃない」
「……」
ばかやろー。一瞬、泣きそうになったじゃねぇか。
「感動して泣きそうになった?」
「な、何言ってんだばか!!んなわけねぇだろ、自惚れんな!」
「ははっ、残念。ていうか理音は?他に一緒に飯食いたい奴はいないのか?俺だって、いつまでも俺と一緒に飯食ってもらわなくてもいいと思ってるけど」
「う」
そんなこと言うの、反則だ。俺は言ってもいいけど、昂平は言ったらダメなんだ。他人が聞いたら理不尽だと思うだろけど、それが俺達の昔からのルールだから。ワガママを言ったり機嫌を損ねたりしていいのは、俺だけなんだ。昂平はそんな俺をずっと甘やかしてくれたらいいんだ。
――なんて、俺が勝手に俺の中だけで決めてるルールだけど。
「どうなんだ?」
「ふん、お前と食べたいっていうよりお前のおかずが目的なんだよ!ほら、今日もなんか交換しろ!」
「うちの母さんより美奈子さんのほうが料理上手だろう」
「んなことねぇよ」
俺が大きく口を開けると、昂平は卵焼きを箸で掴むと、そのまま俺の口のほうへと運ぶ。俺はそれを「んむ!」と食べる。箸が舌に当たった。そこでいつも、間接キスだって思ってしまう。俺そうとう気持ち悪いな……。
「今日は部活行けるのか?」
「ん、行く」
「じゃ、迎えに行くな。俺も何かあーん」
「ん」
卵焼きのお礼に、キノコの照り焼きを数本、晃平の口へと運ぶ。こいつは意識してねーだろうけど、『あーん』とか普通は恋人がやることだぞ、わかってんのか? わかってねーからやれるんだろうけど、俺の方は無駄にドキドキするから困る。
「ほんとにRIONって犬塚くんとラブラブだね~(くっそ萌える!くっそ!くっそ!)」
「あたしたちの入る隙間がないよぉ……(いいぞ、もっとやれ!)」
「ちょっとは遠慮してよね、犬塚くん!(幼馴染み尊い……)」
俺達のやりとりを見て、近くで弁当を食べてた女子たちが茶々を入れてきた。本気で恥ずかしがったり否定したりしたら逆に怪しさが増すから、俺はあえてその手の冗談には乗ることにしている。
「そりゃ、昂平とは17年も連れ添ってきたんだからな、簡単には入れてあげねーよーだ」
その言葉は、女子達と宇佐木に向けられたものだ。ここに宇佐木はいないけど。あんなポっと出のやつに昂平は絶対渡さねぇ!そんな思惑を絶対に悟られないよう、女子達にはにっこりと営業用の笑顔を向けた。
「ねぇねぇ、理音くんたちってどっちが受け……じゃなくて、ネコなの?」
ん?ネコ?
「猫って……そりゃ俺のほうに決まってんじゃん」
俺、猫田だし。質問の意味がよくわからなかったけど、女子たちは何故かキャーッと黄色い声をあげて喜んでいた。え、今のセリフになんか興奮するところあった?
「どう思う?昂平」
「まぁ、普通に考えてネコは理音だよな。俺は犬だし」
「だよな」
なんでか昂平までニヤニヤしてるし。意味わかんね。
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