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22
それからの時間、
「そんでこの人が千歳くんって言って、ひとつ年上だけど俺の同期で」
「ああ、この人よくお前と一緒に写ってるよな。千歳シンジだっけ」
俺は試されていた。
「本物もすげーかっこいいんだぜ、くっそ脚長くってさぁ」
「でもお前の方が顔ちっちゃいしキレイだぞ」
「身内びいきするよな、昂平って」
忍耐力を。いや、だって二人してベッドに寝転んで雑誌を見つめてあーだこーだ言ってるシチュエーションだ。顔だって超近くにあるし、時々脚も当たる。横を見れば至近距離に理音の顔がある。ヤバイ。ホントにヤバい。
理音も少し様子がおかしくて、普段より早口だ。もしかしたら理音も俺を意識して緊張してるとか……?いやいや、都合のよすぎる妄想だな。重症なんだ、俺の頭が。
「で、この人が金子先輩、私服もすげーオシャレなの。こないだ誕生パーティーに呼んでくれてさ、んでこの頭悪そうな読モを狙ってんだって!そういえばナンパ成功したのかまだ聞いてねぇや」
ちょっと楽しそうな声で話す理音。可愛すぎて言ってることはあまり頭に入ってこない。今すぐキスして他の男を褒めるその口を塞いでしまいたい。理音の舌に俺の舌を絡めて、舐めて、吸って、グチャグチャのトロトロに溶かしたい。
「理音だってオシャレだぞ。この女よりお前の方が可愛いし」
「褒めてくれるのは嬉しいけどな、女の子より可愛いって素直に喜べねぇよ」
ぶう、とほっぺたをフグみたいに膨らませる理音。俺はそのほっぺを人差し指で突いて、中の空気を無理やり押し出してやる。ぷす、と音を立てて空気を抜かれた理音は笑った。
あどけない理音の笑顔に、ヤらしい気持ちが少し和らぐのを感じた。理音は俺とキスしたいとか、そんなつもりは一切ないだろうに……最低か、俺は。
――でも、もっと理音に触れたい。
触れたい……。
「そういえばさ、何で昂平は宇佐木を俺に紹介したくなかったんだよ」
「え」
蒸し返すのか、それ。
「どんなヤツなの?宇佐木って」
「興味あるのか?」
「だって昂平が俺以外と親しげに話してる姿見るのって珍しいから、どんなヤツなのかなって気になる」
「別に、普通にイイ奴だけど」
これだから紹介したくなかったのに。理音はモデルをやり始めてから、オシャレとかそういうのにかなり敏感になった。
街を一緒に歩いてる時にオシャレな人を見たら、『今の人着こなしすっげーカッコイイ!何あのセンス!』とか、『あの服どこのブランドだろー?』とか、『あの着こなし真似したい!』とか、とにかく食い付きがすごいのだ。俺にはよくわからないが、宇佐木を見たらきっと同じような反応をするんじゃないかって思ってた。……案の定だ。
「けど、何?なんで俺に紹介したくなかったのか答えになってないんだけど」
「……面白くないからだ」
「は?」
カッコ悪いけど、もう誤魔化せそうにない。今回は理音の勝ちだ。
「友達を友達に紹介して、俺より仲良くなったら面白くないだろ」
「……ごめん、意味がわかんねぇ」
なんで分からないんだ……恥ずかしいから説明させるな。
「だから、理音と宇佐木が俺をほっといて仲良くなったら、俺が面白くないってコトだ」
でも、律儀に説明してしまう俺は、やっぱり理音には甘い。理音は大きな目をぱちくりとまばたきを数回すると、眉をしかめて冷静にこう言った。
「……女子かよ?」
やっぱり突っ込まれた。だから言いたくなかったのに。
そんな他愛ない話をずっとしていたら、もうそろそろ日付が変わりそうになっていた。しめた。超眠い。眠ってしまえば理音を襲いたい願望も意識と共に消えてしまうだろう。無くなるわけじゃないけど。
――そうと決まれば、寝る前にトイレで抜いて来るか。
「もう、眠い……俺、寝るわ……」
「理音、トイレは?」
「んー、行く」
「よし、先に行かせてやる。一応客だからな」
「ん……」
まるで子どもみたいに、今にも寝てしまいそうな理音の手を引いて、連れションに行く。なんか時々本気で自分が理音の保護者になってる気がする。
子猫をかいがいしく世話する母猫というか、母猫を亡くした仔猫を育てる母犬というか、たまにニュースで見るよな、そういうイイ話。あんな感じ。
理音は手がかかる。でもそれを苦痛を感じたことはない。だから俺はいつも理音を甘やかしてしまうんだ。それが悪いことだとも思ってない。
「……おわった」
「んじゃ先に戻って寝てろ、ベッドの真ん中ぶんどるなよ」
「ここでまっとく……」
「え」
トイレの前で待ってられたら抜けないじゃないか!!俺のオナニーを阻止するつもりなのか!? ……てことは、寝顔を見ながら抜いていいってことだよな?よし、いい度胸だ。なんてな。
俺はポンポンと理音の頭を二回叩くと、自分も小便を済ませた。オナニーもしたかったけど、流石にドアの前で理音が待ってられたらできない。ホントに確信犯じゃないだろうな……。
ベッドに二人で横になり、薄い布団をかけた。枕は、俺の抱き枕を横にして二人で使う。俺がいつも理音を想像しては抱きしめて、ゴロゴロ悶えてるあの抱き枕だ。
「じゃあ、おやすみ理音。明日は5時半な」
「おやすみ……」
リモコンで部屋の照明を消す。理音は真っ暗が苦手だから、照明はひとつだけ残しておく。苦手だったのは小学生の頃の話だけど、今はもう平気なんだろうか。普段は付けない灯りのせいで、仰向けで寝ている理音の顔がはっきりと見える。理音はあっという間に眠りの世界に落ちていった。俺が鼻をつまんでも起きない。
「…………」
俺は毎朝するように、理音の顔をじっと観察した。白い肌、長い睫毛、形のいい鼻、唇。すぅすぅと呼吸をするたびに上下する胸。綺麗だ。本当に理音は綺麗で、俺みたいなヤツが汚したらいけない。――汚せない。
「理音」
手を伸ばせば、簡単に抱きしめられる距離。
「理音……」
こんなに近くにいるのに、俺達の距離は途方もなく遠い。
「んぅ……コーヘイ……」
「……理音?」
寝言みたいだ。夢に俺が出てきてるんだったら嬉しい。
「さむい……」
「……もっとこっちに来い」
「ん……」
寝言で、無意識に発言してるんだって分かってる。それでも俺が肩を抱いたら、理音は俺にくっついてきた。俺の胸の中に、頭がぴったり納まるように。
「理音……」
「あったかい……こーへい……」
「好きだよ」
好きだ……。
胸の中にいる理音に、聞こえないくらい小さな声で、俺は告白をした。ぎゅっと抱きしめて、小さな頭にチュっと触れるだけのキスをする。
これが、今の俺の精一杯。少しだけ抱き返された力に満足して、俺も目を閉じた。
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