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24
「小野先生ベッド一台貸してください……って、うさぎどんじゃないか」
「あれ、わんこ。と、理音くん?どったの?」
小野先生に事情を説明する役を全部昂平に押し付けてうつむいていたら、聞いたことのある声が聞こえた。ゆっくりと顔を上げると、小野先生がいつも居る位置にいたのは宇佐木だった。
「なんでお前しかいないんだ、小野先生は?」
「タバコきゅーけい。俺はお留守番なの。ベッド借りるならノートに記入してねー」
「うまくいってんのか」
「いや?俺が一方的に押しかけてるだけ。なんか最近は便利な生徒扱いだわ」
やっぱり、仲がいいんだな。俺をそっちのけて楽しそうに話して……会話の意味わかんねぇし。ちくしょう。
一週間前に昂平が俺に言ったように、俺がこいつと仲良くなってこいつの昂平への興味を削げばいいんだろうけど、それは無理だと思った。目に見えない絆というか、信頼感というか。そういうものが昂平と宇佐木の間には見えたから。俺と仲良くなる目的で昂平に近づいてくる奴等とは根本的に違う。
「理音くん、大丈夫?頭痛いなら薬もあるよ。あっ、ちなみに俺、保健委員だから安心して」
「大丈夫。眠いだけだから」
なんて。おまえの顔見たら眠気なんて吹き飛んだっつうの。一応寝かせてはもらうけど。
「そ?無理しないでね。わんこが心配しすぎてカワイそーだからさ」
ああ?俺のこと邪魔なくせにそんな顔で笑いかけるなよ。ファンとか絶対嘘なんだろうし。つーかお前が昂平を語るな。まだ数ヶ月しか友達やってないくせに!!
――昂平は俺の、なのに。なんてえらそーに思っても、昂平の顔もまともに見れない俺には説得力もクソもない。
「ほら理音、来い」
「かいがいしいね~わんこ。母犬っぽい」
「うるさい。理音が気にするからあんまりからかうな」
「ごめんごめん!なんか微笑ましかったからさー」
……ほほえましい?
何故か、その言葉とそれを言った宇佐木がすごくすごくすごくムカついて。俺は近くにあった丸椅子を思い切り蹴り飛ばした。
「うお!?びっくりした!」
「理音何してるんだ!?あぶないだろ!!」
ムカつく……嫌いだ。余裕な態度で俺に接する宇佐木も。宇佐木より、俺の態度を強く非難する昂平も。こんなつまんないことでいちいち腹を立ててモノに当たる、幼稚な自分も……。
「ムカついたから蹴ったんだよ!悪いか!!」
「はぁ?ちょ、落ち着け理音」
「うるせぇ、俺に触るなッ!!」
俺の両肩に触れて宥めようとした昂平の顔を、思わず殴ってしまった。いや、殴るつもりはなかった。手を振りほどくだけのつもりだったのに、勢い余って顔に当たってしまった。
「あ……」
「理音、」
怒られる? 昂平に、嫌われる? 軽蔑される?
また、あの冷たい目で俺を見るの?
いやだ、いやだ! あの目で俺を見ないで、昂平……。
「わんこ、大丈夫か?けっこー気性荒いんだな、お前の可愛い子猫ちゃんは」
「理音をからかうなって言っただろう」
「はいはい。んじゃあ、邪魔者はそろそろ退散します~」
――でも、目を逸らされるのはもっと嫌だった。 昂平も宇佐木のことが好きなのか?俺よりもそいつの方が気になるのか?だから俺よりも、そいつの方を見るの?
無意識というわけじゃなかった。でも、意識してたわけでもない。俺は保健室から出て行こうとする宇佐木の腕をひっ掴むと無理やり自分の方に向かせ、そのままドアへ叩き付けるよう肩を押し付けた。
「痛ッ!」
「理音!?なにしてんだ、やめろ!!」
俺は、宇佐木を殴ろうとしていた。本気のケンカなんて生まれて一度もしたことない。生意気な俺はいつもいじめられていて、そのたびに昂平に助けられていた。そんな俺が、初めて拳を握りしめて、今にも人を殴ろうと振り上げているのだ。
「……ッ」
でも、殴れなかった。殴れるはずなかった。コイツが俺のモノじゃない昂平を好きだからなんて、殴れる理由にはならない。握りしめた拳を震わせながら、俺の瞳からは大量の涙が溢れだした。
「……ぅうっ……」
「理音、くん……」
宇佐木の腕を離した。振り上げた拳も下ろした。けど、俺は動けないままだ。木偶の坊みたいに突っ立って、ぼろぼろと泣いている。すげーカッコ悪いし、最低だ……。
「理音、なんで宇佐木を殴ろうとしたんだ?」
パン!
突然、保健室に乾いた音が響き渡った。それは俺の前に居た宇佐木が移動して、昂平の顔を打った音だった。
「!?」
「この馬鹿犬!好きな子がこんななるまでほっとくんじゃねぇよ!それでも男か!?臆病も大概にしろよな、この馬鹿野郎!!」
……え? 好きな子って、何言ってんだ、宇佐木のヤツ。もしかして勘違いしてんのか?昂平が俺のことを好きだって。はぁ、なんかもう笑える……。
「お、俺は……」
何も言わなくていいよ、昂平。ていうか何を言うつもりなんだよ、お前は。俺のことなんか好きじゃねぇよって否定すんのか?それが事実だとしても、昂平の口からは聞きたくない。
「んぁ?……なんだこの状況。なんかの修羅場?」
場の緊張を一気にぶち壊すようにして入ってきたのは、ここの主である保健医の小野先生だった。
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