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*  俺、犬塚昂平の朝はいつもスマホの目覚ましアラームより先に始まる。 がばっと思いっきり身体を起こし、まだ眠っている母を起こさぬよう、静かに歩いて浴室へと向かう。シャワーを浴びて学校へ行く準備を整えると、簡単な朝食を用意して(パンを焼いて、お湯で溶かすタイプのスープを作るだけだ)黙々と食べる。  起きてきっかり30分後、母が昨夜のうちに作ってくれていた弁当を持ち、俺は初めて声を出した。 「母さん、朝練行ってくる!」 2階の部屋から、眠そうな声で「いってらっしゃい~……」とかろうじて聞こえた返事に満足し、俺は家を出た。 今から俺が所属するバレー部の朝練に向かうのだが、その前に寄るところがひとつ。 ピンポーン 呼び鈴を鳴らすと、俺が来ることは予測されていたようで3秒後にドアが開いた。 「おはよう、昂平くん!いつもいつも理音を迎えに来てくれてありがとうね、あがって」 俺を迎えてくれたのは、幼い頃から俺の母同様に俺を見守りながら育ててくれた人。 「おはようございます、美奈子さん。理音はまだ寝てます?」 幼なじみの母親である、美奈子さんだ。 「ええ。昨日は撮影が長引いて帰りが遅かったから。そのあと勉強してて、だから寝たのは日付が変わってからじゃないかしら……」 美奈子さんは呆れるように溜め息をついた。正直、その気持ちにはかなり同意できる。だから俺までつられて溜め息をつきそうになったけど、慌てて繕った。美奈子さんの気持ちには同意できるけど、俺はあいつの味方でいてやりたいから。 「仕事とかぶって部活にあんまり参加できないから、せめて朝練には出たいとか理音らしいです。俺、起こしてきますね」 「なんであんなヘトヘトになってまで部活やりたがるのかしら、あの子。ホント、男の子っていくつになってもよくわかんない……図体ばっかりデカくなって。あ、昂平くんはいいのよ!レギュラーなんだからでかくても!さ、上がってアイツ起こしてあげて!」 「はい、お邪魔します」  勝手知ったる他人の家、と言うんだろうか。俺の足は迷いなく、幼なじみの理音が寝ている二階へと向かった。  俺と理音は母親同士が親友で、幼い頃からしょっちゅう一緒に過ごしてきた。理音はとても可愛い顔をしていて、幼稚園から小学生まではしょっちゅう女の子に間違えられていた。 『りおちゃん』 『こーちゃん』  小学生の低学年まではそんな風に呼びあっていた。俺の母親が理音をりおちゃん、と呼ぶものだから俺もそれに倣っていたのだが、理音の性別も勘違いしていた気がする。  性別とかそんな概念がまだないときも、理音は俺とは違う生き物だと思っていた。チンコがついてるのも知っていたのにも関わらず、だ。 『理音』 『昂平』  名前呼びに変わったのはいくつの頃からだっただろうか。今は身長も伸びて、部活のおかげでそれなりに筋肉もつき、理音はどこから見ても完璧なイケメンに成長した。けど、俺にとっては今でも可愛い理音そのままだ。そんなことは死んでも言えないが。 俺の父親は刑事だった。 何故過去形なのかというと、俺が小学生の時に死んだから。殉職だった。幼い俺と母を残して先に逝ってしまった父に色々文句を言いたい時期もあったが、母がそれを許さなかったので思ってるだけで言ったことはない。言ったところでどうしようもないことは、小学生の俺でも分かっていたから。  葬式では俺より理音の方が大泣きしていて、美奈子さんを困らせていた。  俺は、刑事だった父にずっと憧れていた。弱きを助け、悪を挫く、正義のヒーロー。刑事であることに誇りを持ち、忙しくてなかなか遊んだりはしてもらえなかったけど、自慢の父だった。だから俺も父のようになりたくて、幼稚園の頃よく近所のクソガキに苛められていた理音をずっと助けてきた。 『こーちゃんありがとう、こーちゃんはぼくのヒーローだよ!これかりもずっとそばにいて、ぼくをたすけてね』 『あたりまえだよ、ぼくはりおちゃんがだいすきなんだから!けっこんしてくれるでしょ?』 『うん、する。けっこん……する!』  ガキだったとはいえ、本気で理音に結婚しようとのたまっていたことは正直かなり恥ずかしい。理音は自分とは違う生き物だと思っていたから、好きだから結婚するのは当然だと思い込んでいた。俺と理音は、大人になったら父と母のようになるのだと。  理音が忘れてくれているのが幸いだ。忘れている、と思う。じゃなきゃ恥ずかしすぎて死ぬ。 ガチャ 「……理音?」  見慣れた部屋のベッドの上には、その幼なじみがすうすうと穏やかな寝息を立てて寝ていた。俺はゆっくりと近づき、そっとベッドの上に腰かける。至近距離で顔を覗き込んでも、起きる気配は全くない。  理音は、決して女っぽいわけじゃない。けど、色白で線が細くて睫毛が長くて、男のくせに寝起きのヒゲも生えてない。明るい茶色に染められた髪はふわふわつやつやしていて、薄く開けられた唇は薄いけど形がとてもいい。 『綺麗』という言葉が、理音にはこの上なく似合う。  このまま、キスしてやろうか。きっと理音は起きないだろう。『好きだ』と耳元で囁いたら、夢の中に俺が出てきたりするんだろうか。 好きだ、理音。 好きだ。 ―――言えるわけない。  同じ性別の幼馴染に対する、心の奥にぎゅっと押し込めているこの想いを伝えてしまったら、俺達はどうなるんだろう。その答えは、考えなくても明白だった。 「おい理音、そろそろ起きろ」 臆病な俺は、キスも囁きもせずに幼なじみを揺り動かした。 「んぅ……こーへい……?」 寝起きの色っぽい声に俺はドキドキする。びっくりさせようと思って、顔を近づけた。 「……起きないとキスするぞ」 あくまで、冗談のスタンス。これが、俺が今できる理音への精一杯の愛情表現。そんな表現自体、したらいけないんだけどな。 でもこんなにそばに居る以上、それもできなくて。理音が可愛すぎるから。ぱっちりと大きな目を開けて、動揺して叫び出す理音に、俺はくくっと笑い満足した。
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