ウサギは眠らない

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ウサギは眠らない

「面白かったねー映画」 映画を見終わって3人でストリートピアノの置いてあるフリースペースのテーブルとイスに座ってだべる。 「宇佐喜一郎、通称ウサギ。引きこもりのニート探偵。」 「そして鈴カステラは明文堂に限る!」 「うけるーー。」 有里がカバンから牛乳パンをだして、袋から出してかじりだす。 「あそこまで鈴カステラにこだわらなくてもいいと思うけどなー。もぐもぐ」 「牛乳パンばっかり食べてるアンタに言われたくないと思うなー。」 「わたしは牛乳パン差別してないもん。牛乳パン博愛主義。」 「なにそれー、意味わかんないー。イミフー」 赤沢と黒原に言われても、ひたすら牛乳パンをかじる有里。ペットボトルの紅茶もカバンから出してきた。 「外に出るのが怖いのにウサギの被り物をかぶると出られるとか、そっちのほうが意味わかんなくないー?」 「ま、自分じゃないっていう暗示の一種かもねー。被り物。なんか分かる気がする。」 「ええー、引きこもりの気持ちが分かるのぉ?」 「ほらー、うちらだってメイクすると気分変わるじゃん。スッピンだと恥ずかしいみたいな。」 「あー、ちょっと分かるかもー。スッピンマスクは楽だけど、マスク外すの、はずいからなー。」 「えー、そーゆーもんなのぉ?」 「はいはい。あんたは牛乳パン食べてていいからねー。ほらほら、クリームが付いてるよ。」 「えー、やだなー。どこどこー」 「わ、袖でごしごししない。もー、ホントおこちゃまだよねー。」 有里の顔をハンカチを出して拭いてやる赤沢。ハンカチからはふんわりいい香りがする。 「そーいや、うちの学校にもいたよね被り物してる子」 「ああ、音声過敏症のノイズキャンセラーのこと?」 「それそれ。ノイズキャンセラー。あれって重くないのかなー」 「どうなんだろうねー。」 「うちの学校って来る者は拒まずだからー。」 「その代わり、授業を受ける気がないとみなされると容赦ないけどねー。」 「そそ。寝てるのはOKだけど、いびきや寝言はダメ。」 「早弁してもいいけど、音やにおいで他の人に迷惑になるものはダメ。」 「牛乳パンはセーフ♪」 「せんべいはアウト。ガムはくちゃくちゃ音させなければ見逃してくれるけど、においがきついのはダメだしね。キムチやカレーもアウトだし、ギョーザもなー。」 「牛乳パンはセーフ♪」 「鈴カステラもセーフなんじゃない?」 「ま、我がクラスに関して言うと斎藤君次第だよねー。斎藤君が手を上げるとビビるわー。音チェックでアウトなんじゃないかって。」 「あー、座頭市君。彼は音が頼りの人だからねー。」 「そーいや、さっきピアノ弾いてたけど。もぉ帰っちゃったのかな。」 キョロキョロ見渡すと、ちょっと離れたところにいた。白杖の黒メガネというだけではなくて、背が高くてロングヘアを一つにまとめている姿は、割と目立つ。今日は珍しいことに帽子をかぶっている。ノイズキャンセラーの静岡君と一緒なのがもっと珍しい。座頭市こと斎藤一(さいとうはじめ)は、身を守る授業のときに持ってる白杖で最高難度の攻撃を全部かわしたという伝説の持ち主。どこまで本当か知らないけど。ちなみにロングヘア―は趣味ではなくて、人助けのためらしい。病気の治療で髪が抜けてしまった人のかつらのために伸ばしているという、実に素晴らしい動機で文句のつけようがない。おかげでわが校はロングヘアになるものが多くなったらしい。学校としても「よいことをする生徒が増えるのは喜ばしい」ということで、きちんと手入れして枝毛のないロングヘアを病気でかつらを必要とする人に提供するという生徒を登録制にしている。もちろん染めたら髪が痛むので染めないという前提だ。別に髪の毛を染めるのは禁止ではない。金髪にしようが、ピンクに染めようが授業には関係ない。ファッションには基本的に寛大な学校でもある。 「斎藤くーん、どこいくのー?静岡とデート?」 悪気のなさ100%の有里が大声で呼び止める。 「その声は牛乳パン博愛主義者のアリス君だね」 「あるさとだっちゅーのっ。アリスではないっっ。」 「今食べてる牛乳パンは、ミヤガワ製菓のだろ?」 「ご名答ーー。なんでわかるのさー?」 「匂いだな。あそこのはクリームにバニラが多めに入ってる。」 「良く知ってるじゃんー。さては斎藤君も牛乳パン博愛主義?」 「あそこの牛乳パン、割と好きなんでね。」 「ほほーー。今度ゆっくり牛乳パンについて語らない?」 「それから後の2人は、黒原と赤沢だろ。映画でも行ったんだな。」 「斎藤君ー、ほんとは見えてるんじゃないのぉ?」 「気配だよ。それから匂いとか音とか。それにアリス君は赤沢と黒原と3人でいることが多い。」 「なるほどねー。でも映画とは限らないじゃない?」 「休みの日、このあたりにいてわずかにポップコーンの香りもする。だいたいポップコーンを食べる場所なんて映画館くらいだろ。なんなら見てきた映画も当てようか?」 「おお、あててみやがれ。当たったら牛乳パンを半分やる。」 「あるさとー、ふとっぱらだねぇ。やめた方がいいよー。」 ニヤニヤわらう赤沢。 「そーそー。座頭市君、名推理で有名なんだからー。」 黒原ものっかる。 「女に二言はない。」 いいきる有里。 「さあ、何見てきたか言ってもらおうか。」 「宇佐喜一郎シリーズだな。」 「げ、なんでわかった。」 「この前、3人で話してたのを聞いたからな。」 「なーーんだ。期待して損した。推理じゃないじゃんー」 「なに期待してるんだか。」 「ここに名探偵がいるのかと思ってさー。」 「残念ながら。僕は名探偵なんて言うものじゃない。」 「まあまあ。だいたい名探偵だって種も仕掛けもあるんだし。」 身もふたもないことを言う有里。 「引きこもりの被り物ニート探偵。面白かったか?」 「うーーん、まあまあかなあ。」 「そーだねー。まあまあだねー。」 「うん、むあむあ。もぐもぐ。」 牛乳パンが口いっぱいになってる有里。またクリームまみれの手をぺろぺろしてる。 「もー牛乳パン食べながらしゃべんなしー。」 「半分やるのが惜しくなったから、慌てて口に入れたんだろ。別にいらないから。のどに詰まらせないでくれよ。」 呆れる斎藤。 「そーいや、静岡とどこに行くの?映画じゃなさそうだけど。」 「ちょっとな。」 「う、うん。」 「えー、あーやーしーいー。なに、そういう関係?」 ニヤニヤする赤沢。見かけによらずBL小説大好きっ娘だから、男同士で歩いているのを見ると、時々そういう系の妄想が暴走するらしい。 「そんなわけないだろう。」 あきれ顔の斎藤。 「実は、このあたりで変なやつがウロウロしてるらしいんだ。」 「ほぉほぉ。変な奴って、こうやってコートの前を開ける系の?」 コートの前を開ける動作をして見せる有里。 「お前も、いい加減ヘンタイだなあ。」 見えないはずなのに、なにやってるかわかるらしい斎藤。 「いやあ、妄想力が貧困なだけ。現実って妄想を超えるから。」 「なにイミフなこと言ってるんだ。」 「あの・・・僕の髪を切ったやつがいるんだ・・・。」 ぼそぼそっと小さい声でしゃべる静岡。 ええーーー、静岡の髪を? なんで、どーしての嵐。 「ええい、うるさいっっ。静岡が困ってるだろ。」 「ノイズキャンセラーがオートで音量下げたから大丈夫・・・。」 といいつつ、うずくまってる静岡。 「ほら、ぼくって音が苦手じゃん。髪の毛切る音もすごく嫌で。」 「うわ、そんなに音がダメなんだ。なんか知らなくてゴメン。」 「だから斎藤君を見習って髪を伸ばしてるんだけど、まだ短くて。」 そう言っても、まあまあ肩よりは長い髪なのでヘアバンドで押さえてその上にノイズキャンセラーをかぶっているというスタイルの静岡。 「もうちょっと長くなったら縛ろうかなって思ってるんだけど。まだ縛るには短いから。」 「で、このあたりで髪の毛切り魔にあったと。」 「事件ですよ。これはっっ。」 「もぉ有里、ウサギの真似するなしー。」 「いや、だって事件でしょー。」 わいわいと女子3人が盛り上がる。 「で、切っていったやつは?男?女?」 「それが、家に帰ってから気が付いたんだ。」 「手掛かりなしかあ。難事件だ。」 うむうむと頷きながらメモを取る有里。意外とこういうのが好きらしい。それとも映画を見たばかりで影響されているのか。 「斎藤君に相談したら、その日の行動を再現しようってことで。」 「なるほど。それで二人でこの辺にってことかあ。」 「私たちもなんか手伝おうか?」 「あんまり大勢だと目立ちすぎるから、遠慮する。」 「静岡に聞いたんだけどなー。斎藤ー。」 「お前たち、うるさすぎる。静岡の邪魔。」 「ああ、はいはい。じゃ、がんばってー。」 斎藤と静岡が行ってしまった後、有里たちも暗くなってきたから帰ることにして、そこから出て行った。
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