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気持ち程度でも道を広げておいて良かった。入口の木を切っておいて良かった。重機に乗ってから一秒たりとも止まることのない刈谷と小杉の文句を聞いて、心の底からそう思った。
もし、何もしていなかったら、とっくに私は血管が切れて死んでしまっていただろう。とてもじゃないが十数分もの間、一緒に荷台に乗っていることはできなかっただろう。自分の忍耐力に賞賛を送りたい。もちろん、隣で不自然なほどにニコニコとしている千花にもだ。
千花は昨日の言葉通り、限界まで耐えてくれるつもりらしかった。千花の言っていたとおり、千花の忍耐力は強いようだ。この笑顔だって、普段の千花を知らなければなんの恐怖も感じないだろう。その証拠に荷台と運転席で冷や汗を浮かべている私と大隈と違い、刈谷と小杉は平然と好き勝手に振る舞い続けている。
「本当になんとふざけた道だ。とても私を迎えるに相応しいとは言えんな。ん? もうこの話はしたような気がするな。小杉くん、もしかしてこの話をするのは二度目かな? まさかもっとしているってことはないだろう?」
「いいえ、専務、実は専務がこの話をするのは、ここに来てからちょうど二百十一回目でございます」
「なんと! そんなにしているのかね。これは恥ずかしい。きっと彼らも何度同じ話をするのか、と思っているに違いない」
「まさか! 専務にそんなことを思う不届きものがおるはずがありません。きっと、道の整備を怠った自分たちに恥じ入っているはずです。ええ、間違いありませんとも」
ハゲ階段どもが嫌味ったらしい視線をこちらに向ける。私は曖昧な返事をしながら、頭を下げた。視界の隅に千花の張り付いた笑みが移り、申し訳なさと情けなさが増す。
「どうしたんだい? 白井くん? 言いたいことがあるのなら言いたまえよ? この刈谷は目下の者の意見を聞き入れるくらいの度量は持ち合わせているよ」
「いや、なんともったいないお言葉。しかし専務。この白井という男は自分の意見のないコウモリでございますので、そのような気遣いは必要ないかと」
お前にだけは言われたくない、という言葉が喉まで出かけたが、結局その言葉も喉を通過することはなく、私にできたことは「白坂です」と小さな声で訂正することだけだった。その声も刈谷たちには届かず、木々のざわめきに溶けた。
自然と体が縮こまる。何とも卑屈な姿になっているだろう。こいつらにいいように言われていることではなく、その姿を千花と大隈に見られていることが、どうしようもなく恥ずかしく、今すぐに逃げ出したい気分だった。そのせいで余計に縮こまり、また惨めさに悶える。あと一時間もこの状態が続けば、原子レベルにまで私縮んでしまうことは疑いようがなかった。
「……白坂です」
千花が表情を張り付いた笑顔を崩さず言った。声も笑っているが、表情に比べて、少しだけざらついている。
千花に向けて、小杉が不快に顔を近づける。
「なんだって?」
「彼の名前は白坂です。白井ではなく」
「あのねえ、そんなことはどうでもいいんだよ! 専務が白井と言えば白井、ダニエルといえばダニエルなんだ! 女の分際で横から口を――」
「まあまあ、小杉くん。女性に声を荒げるものではないよ。こんなに可愛らしい子が相手ならなおさらだ。お名前をお聞きしてもよろしいですかな?」
「ジェニファーです」
吹き出しそうになったのを必死に堪えた。口元が何度かひくついたが、なんとか押さえ込む。大隈は吹き出したことをごまかすように咳払いをし、運転に集中しているふりを再開した。
「おい! 専務が聞いているんだ。真面目に答えないか」
「専務さんがダニエルだといえばダニエルなんだったら、私の名前なんてなんでもいいでしょ?」
小杉が大袈裟な動きで、千花に掴みかかろうとする。
私は慌てて間に入ろうとしたが、その前に刈谷が小杉を諌めた。やけに洗練された動きだ。刈谷を気持ちよく立てるために、良くしている動きなのだろう。反吐が出る。
「小杉くん、落ち着いて。面白い子じゃないか。興味がわいたよ。今晩、酒でも飲みながらゆっくりお話しないかな? もちろん二人で」
一瞬、千花の表情から笑みが失せ、不快感全開の表情が現れたが、まばたきをする間に元の表情に戻っていた。刈谷たちは見逃したようで、しきりに千花に隣に座るように勧めている。
ガタン、と強い衝撃とともに重機が停止した。
「ついたぞ」
大隈はこちらを振り向き言った。表情には一切の色はなく、ブリキの人形を思わせた。よほど怒っているようだ。大隈の無表情を見たのはこれが初めてだということに気づいた。
「なんだその態度は! こちらに居られるのは東証一部上場の大企業の専務であらせられるぞ。うちに睨まれたら死体が腐るという言葉を知らんのか。私たちを怒らせたら、ロクな葬儀は出来んと思えよ!」
――癌だ。
こいつらはうちの会社の癌。この口上をこれまで何度使ってきたのか。真剣に働く同僚たちの志まで汚すような発言に思わず口を開いた。
「その言葉は――」
「何かね?」
刈谷の舐めるような視線に絡められ、私の言葉は止まった。情けない。情けない。悔しさと自己嫌悪が頭の中を蠢く。
「何かね? と聞いているのだが」
言葉を失った私に、追撃するように刈谷が言った。激情と抑制、刈谷への嫌悪と自分自身への嫌悪で混乱に陥った頭では、本音はもちろん、ごまかしの言葉すらも出てきてくれなかった。
大隈の感情を感じさせない声が響いた。
「あんたら早く降りてくれないか? 俺もいくらでもやることはある。暇じゃないんだ。ロクな葬儀なんか端から期待してないからよ」
助けてくれたのだろう。大隈の無感情な声の向こう側から、確かな優しさを感じた。しかし同時にロクな葬儀を期待していないなどと言わせてしまったことが、ただならぬ恥であるようにも感じ、また情けなくなった。
「お前らは本当に――」
「まあまあ小杉くん。早く話を進めよう。この村でやることをやって、さっさとおさらばしようじゃないか」
刈谷は「やること」の部分で寒気が走るような視線を千花に向けた。千花は素知らぬ顔でそっぽを向いていたが、隠しきれない嫌悪の証として、その腕にはくっきりと鳥肌が立っていた。
跡が残るほどに強く拳を握り締めた。怒りのほとんどは自分に向いていた。
もういい。さっさと目的を果たしてもらって、コイツらの言う通り、さっさと帰ってもらおう。もちろん、千花に手を出そうものなら手段を選ぶつもりはない。こんな私でも、怒りに身を任せれば帰らせることくらいはできるだろう。そのくらいはしてくれるよな、と自分自身に念をおした。
「事務所はこっちです」
事務所に向けて歩き出した。千花は私の横にしっかりと付いてくる。後ろから刈谷たちの文句と足跡も聞こえた。
「じゃあ、俺は重機をしまってくる」
大隈の抑揚のない声に反応し振り返る。
大隈は刈谷たち越しに心配そうな顔で手を振っていた。
私は直視することができず、小さく頭を下げ、うつむき気味に事務所に足を向けた。
村に入ってからも、刈谷たちの態度はどんどんひどくなった。早く案内しろと言う割に、あちらこちらに寄り道をし、悪態をついた。文句を言うならさっさと事務所に向かえばいいのに、本当にどういう思考回路で生きているのかわからない。今私がいっしょに歩いているのは宇宙人とかそういう類のものなのではないか、と吐き気にも似た寒気を感じた。
それでも、なんとか耐え忍び、もう事務所は目の前というところまで来た。疲労と安堵と、少しの緊張を含んだため息が漏れる。
「あら、お客さんかね」
声に振り返ると、春さんがいた。畑で作業をしていたらしい。こんな状況なので挨拶もそこそこに立ち去ろうと思ったのだが、春さんは畑からトマトを四つもぎ取り、こちらに持ってきてしまった。柔らかな笑顔で私たちに差し出す。
「これねえ、今ちょうど食べごろだから食べてごらん。今回のは出来がいいのよ」
「ばあさん、まさか専務にそんな得体の知れないものを食べさせようとしているのかね? 専務はね健康志向なんだ。無農薬、産地直送、作り主の顔写真付きの野菜しか食べないんだよ。わかったら、その物騒なものをさっさと引っ込めろ」
「その通り。私くらいになると口に入れるものにも当然こだわり抜いているんだよ。だから大人しく下がりたまえ」
ポカンという音が響く。私の頭の内側から聞こえた音だということを理解するのに一瞬の時間が必要だった。言葉として処理できなかった私の気持ちを、脳がわかりやすく表現してくれたらしい。
こいつらは本当に何を言っているんだ。春さんは農薬を使わない。それはこいつらが知るはずがないにしても、今目の前にあるのは理論上最短最速の産地直送だ。それに本人が目の前にいるのに写真が必要なのか。何が健康志向だ馬鹿馬鹿しい。そんなふざけた理由で、この宇宙人たちは他人の厚意を簡単に踏みにじる。
春さんは「スマホの自撮り写真じゃダメだよねえ。プリントアウトしとけばよかったねえ」と寂しそうにトマトを引っ込めてしまった。
私と千花はすぐさま駆け寄る。
「春さん俺が食べますから、頂いてもいいですか?」
「春さんのトマト甘くて美味しいもんね。私も欲しいな」
「そうかい。じゃあ、持って行っておくれ。また熟したら持って行くからね」
「ありがとう。あ、春さん。春さんの好きな時代劇がそろそろ始まる時間じゃない? 早く戻らなきゃ」
「あ、本当だねえ。じゃあ、今日はもう切り上げて戻ろうかねえ。HDに毎週録画はしてるんだけど、やっぱりリアルタイムで見ないと満足できないのよねえ。SNSで実況しながら見るのが楽しくてねえ」
春さんはそう言うと、時代劇のテーマを口ずさみながら家に戻っていった。
私と千花は両手にトマトを持ち、刈谷たちの所まで戻った。
「おや? 君が食べさせてくれるなら話が変わってくるな。もちろん、口移しでも構わないよ。ほら、あーん」
刈谷が醜く大口を開けた。緩慢で巨大な蛙を思わせる顔だ。
千花はキッとした目で、刈谷を睨んだ。あーんに夢中で目を閉じている刈谷は、千花の様子に気付かなかったようだが、小杉は見逃さず、唾をまき散らしながら喚いた。
「専務があーんしているだろうが! 早くせんか! そのトマトを口に含んで専務の口にお渡しするんだ! そんなこともわからんのか!」
千花の眉が片方だけピクピクと動く。
私は半ば反射的に口を開いた。
「いい加減にしてください! セクハラにしても酷すぎます。そもそも、彼女はあなたたちの部下でなければ、うちの社員ですらない。無関係な相手ですよ。どうしてそんな命令じみた発言が出てくるんですか!」
こいつらのセクハラは今に始まったことではない。社内での若い女性社員はほとんどが被害を受けているだろう。それは当然許されないことで、こいつらのおぞましさに吐き気がする。
――しかし、まだわかる。社内の、自分より下の人間だから、好きにしてもいいという腐った思考は、まだ想像できる。
だが、千花はこいつらとは完全に無関係の人間だ。その相手にこの振る舞い。本当に微塵も理解できない。理解不能が極まって、恐怖さえ覚え始めていた。
「君こそ、どの口で意見しているのかね? そもそも、人間には会社なんてものがなくても格というものが存在すんだよ。専務と私の格は君たちより上。わかるだろう? 目上のものを敬えとは教わらなかったのかね? 教養のレベルの低さが伺えるね。そうですよね? 専務」
「ほのほういあ」
小杉の問いに、刈谷が間抜けに口を開けたまま答える。
おぞましいほどに的外れな階級意識を教養と言い切る姿に、全身の皮膚が粟立った。なぜ、敬われない自分を恥じるでもなく、敬わない相手を貶めるような言葉がポンポンと出てくるのか。そんなことを考えだすと、全身を包んでいた嫌悪感が、真っ当な怒りに変わった。怒りは控えめに、だが、確かに外に向けて排出された。
「目上じゃなくて年上なだけでしょう」
呟くような一言だったが、この言葉はしっかりと届いたらしかった。刈谷と小杉は顔を真っ赤にしてまくし立てる。
「同じことだろう! だから最近の若者はダメなんだ。嘆かわしい。恥ずかしいと思わないのかね」
「ほふひふんのいうほういあ」
飛び出すはずのないものが、自分の口から飛び出したことに戸惑っていた私は、すぐに言い返すことができず、みっともなくあたふたと狼狽えてしまった。
それを見た小杉はあからさまに嘲るような目を私に向けた。
「ふんっ。小さな村に飛ばされて自分が偉くなったとでも思っていたのか? 分をわきまえていることだけが、君の美点だっただろう? 思い出したかね? 君はここに飛ばされたときのように、黙って目上の言葉に従っていればいいんだ。無能で無価値で代替可能な歯車が、いまさら意思を持って何になる? 意思を持つんだとしたら遅いんじゃないのかね? 只野くんは、初めから持っていたよ。忌々しいがね」
顔の熱さに耐えかねて、俯いた。きっと、無様なほどに真っ赤になっていることだろう。
何をいまさら。全くその通りだった。何も言い返せない。言い返す権利がないほどに私は情けない人間だということを思い出した。何を大きな顔をしていたのだろう。私の意見などなんの価値もない。ただ、誰かを不幸に不快にするだけのもではないか。村に来てからの一分一秒、すべてが恥ずかしくなった。
「いいかね、白坂くん。君にできることは黙って私たちの言うことを聞くことだけだ。そうすれば、少なくともしばらくは只野くんを泳がせてあげよう。いや、懲戒免職にはしないと約束してあげてもいい。君が誰かの役に立てる方法なんぞ、それくらいなんじゃないのかね?」
ひどい言い草だ。だが、的を射ている。私が何かをすれば、何かを言えば、いい事にはならないに決まっている。昔のように。もし今回うまくいったとしても、それはたまたまだ。いずれ必ず失敗する。ならば、せめて自分にできることで友人を助けるべきだろう。力が抜けるように項垂れた。もう黙っていよう。それで今まで通りだ。
背にチョンチョンという感触があり、ゆっくりと振り向いた。千花がいた。千花はニッコリと笑いながら、無言で私にトマトを渡した。手を奇妙な形にしながらなんとか受け取る。
「もうムリ」
「え?」
聞くやいなや、私の頭は不自然なほどの高速回転を始め、瞬時にカウントダウンを始めていた。
――五、四、三、二、一。
カウントダウンが終わった瞬間、千花が視界から消えた。
どれほど、高速で動いたのかと驚くが、なんのことはない。千花は素早く腰を落としていただけだった。
千花はそのまま大きめの石を拾うと、軽やかで俊敏なステップで刈谷に近づいた。
いまだに間抜けに大口を開けた刈谷の口に千花が石を詰める。驚き、目を見開いた刈谷だったが、異変に気づいたときにはもう手遅れで、刈谷のだらしなく肉のついた顎に、千花のアッパーが炸裂していた。刈谷は歯の破片をまき散らしながら、空を見上げるようにして倒れ込んだ。想像以上のえぐさに思わず眉に力が入る。
呆然とする小杉を残して、千花は踵を返すと、そのまま遠くに駆けていった。
想定外に次ぐ想定外に私も呆然とし、不覚にも小杉と顔を見合わせた。すぐに我に返り、千花に再び視線を戻すが、千花は既に豆粒ほどまで小さくなっていた。
どういうことだろう。こいつらの顔を見ることに耐えられなくなり逃げたのだろうか。いや、私といることに耐えられなくなったのかもしれない。仕方のないことだろう。
豆粒のようになった千花に向けた視線に寂しさが乗った。
しかし、よくよく見てみると、豆粒が少しずつ大きくなってきているように感じた。気のせいだろうか。いや、確かに大きくなっている。目を細めて、さらに凝視する。千花がこっちに向けて全速力で走ってきていた。小杉の顔がだんだんと青ざめていく。
小杉が慌てて逃げようとしたときにはもう遅く、千花は空中にいた。
コマ送りの映像のように、千花のドロップキックが小杉の顔にめり込んでいく様のひとつひとつが、明瞭に私の目に映った。
小杉は蛙が潰れたような声を出しながら数メートルほど吹っ飛んでいった。
しばらく、時間が止まった。
「あのー、千花さん?」
ドロップキックの後、地面に伏すようにして倒れ込んでいた千花に、恐る恐る声をかけた。
千花は照れくさそうに立ち上がると、服についた砂を払い落とし、「やってやったぜ」と笑った。
「ちょっとやりすぎな気がするんですが。……というかまずいよ、これ」
声にならない声をあげながら呻く刈谷と、いっこうに立ち上がる気配のない小杉を横目で見ながら言った。何が起こったのかを理解すると、それに付随して現状のまずさも理解した。血の気が引いていく。
「修くんが悪い! あそこまで言ったなら言い切ればいいのに。良い事言いそうだったじゃん。うまく言い負かせたかも」
「だって、小杉の言っていることは間違ってはなかったし、言い負かせたところで何の意味もないし、その後うまくいくとは思えないし」
「いーや。あいつが言ったことも、修くんが言ってることも全部間違ってるよ。修くんが無能なのかどうかは知らないけど、無価値じゃないし、代わりなんていないよ。それに言い負かせたら気持ちいいし、その後、うまくいかなかったかなんてわからないじゃん」
「たまたま、うまくいってもどうせ、いつかは失敗するんだよ。だったら、やっぱり俺は何も言わない方がいいんだ」
千花が私の方にグイっと近づいた。先ほどの千花の様子が頭に浮かんで少し身構える。だが、千花はお日様のように笑って、私の胸をコツンと軽く小突いた。
「修くんは難しく考えすぎだよ。たまたまうまくいったんなら、失敗するのもたまたまだよ。修くんにはそんな感じで生きて欲しいな、私は」
千花は最後の言葉を呟くように言うと、「何を偉そうに言ってんだろうね」と恥かしそうに離れた。
千花に小突かれた場所が、仄かに温かいような気がして、そっと手を添えたが、照れくさくなって、すぐに手を下ろした。
「お前ら、自分が何をしたのかわかっているんだろうな。警察だ。警察を呼ぶぞ。弁護士だって超一流を雇ってやる。お前らは終わりだ。もちろん只野もな」
いつの間にか、戻ってきていた小杉が喚いた。顔が少し歪んでしまっているようだ。刈谷も言葉にならない声で、涙を流しながらも小杉に同調した。
脇の下から嫌な汗がにじんだ。警察、弁護士、只野のこと。まずいことになるのは間違いない。土下座でもすれば、せめて千花だけでも見逃してくれないだろうか。頼んでみる価値はあるのではないか。何がうまくいくか、何が失敗するかなんてわからない。千花もさっきそう言っていた。千花が言いたいことはこういうことではない。それはもちろんわかっているが、これが私にできる最後のあがきだ。
そう思い、膝を折りながら、刈谷たちの顔を見た。
――なぜか、またも可哀想なほどに青ざめている。
どうしたのかと、千花の方を振り向くと千花はいなかった。代わりに、遠くにだんだんと大きくなる豆粒が見えた。
刈谷と小杉はみっともない悲鳴をあげながら「もう、こんな所には居られん。専務、帰りましょう」と言い残して逃げていった。何度も足をもつれさせながら、村の入口に向かって、無様に小さくなっていく。
千花がゆっくりと減速しながら私の横に止まった。
「間に合わなかったか」
「やっぱり、まずいよ。警察とか弁護士とか言ってたし……」
「話せばわかってくれるでしょ」
「そんなことわからないじゃないか」
「まあまあ、絶対大丈夫だから安心してよ」
千花はそう言って胸を張った。私はその一切の不安を感じさせない千花の姿に唖然とし、それ以上何も言えなくなった。
ひとしきり唖然としたら、今度は腹の底から笑いがこみ上げてきた。抑えきれず、地面に倒れ込み笑った。あたふたと慌てる千花を見て、また笑いがこみ上げた。どうにも抑えきれず、抑えることを諦め、大声を上げて笑った。小さいことを考えることが馬鹿らしくなった。
答えはまだわからない。でも、黙っていたら、今きっと笑っていなかっただろう。
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