今は蕾の剣桜

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 真栄田の案内で、プレハブ造りの九十九折りの廊下を進む。外は森、道場は校舎と離れているらしい。緩い下り坂が続いた出口の先に道場があった。  中から威勢のいい掛け声や、床板を踏む音が聞こえる。それだけで恭子は心拍が高く打つのを感じた。  真栄田が頭を下げ、道場の敷居をまたいだ。続いて恭子が「失礼します」と声を出して踏みこむと一瞬、場内の空気が止まった。  全員が恭子の方を向き、少し驚いた顔をして、それから目を伏せるようにして再び稽古に打ちこむ。  気配が変わった。  集中力がぱっと解け、わずかに竹刀の音が軽くなる。面金の奥からちらちらと自分を追う視線を感じ、泡のように浮ついた空気となって場内にたゆたう。  真栄田に促され、恭子は道場の隅に立った。そこで顧問の石川が現れた。あごひげを生やし、がっちりした体格の中年だった。 「父がお世話になっています。急に押しかけて、すみません」 「護佐丸君の娘さんなら大歓迎だ。迎えは行き違いだったかな。君のことは部員に伝えてあるから挨拶は後にしよう。知念!」  顧問の声に、白い道着と紺の袴の女生徒が小走りに駆け寄った。真栄田が恭子に紹介する。 「さくら君は女子部主将の二年で、インターハイ個人戦ベスト四。西日本では親善試合を含め二十六連勝中、まさに尚桜学園に咲いた剣桜です」 「やめてよ、そういう紹介は」  知念がくすくすと笑う。 「こちらの護佐丸君は、中学の全国個人戦優勝者だ」 「聞いているわ、決勝まで一本も取られなかったって。東京で剣道が強いなんて羨ましい。遠慮せず、本気で打ってらっしゃい」  爛漫の笑顔で、知念は穏やかに促した。
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