今は蕾の剣桜

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 部員と挨拶を終えた恭子は控室で着替え、入念に準備運動をする。両の頬をたたき、気合を入れてから道場に戻ると、男女が向かい合わせの二本の列となり、正座で待ちかまえていた。  私語はもちろん、物音ひとつしない。  恭子は剣道の試合前、この空気が好きだ。  学校や公式戦では、ほとんどない。場内の声援やおしゃべりもあれば、吹奏楽や運動部の喧騒が外から伝わる。  この静謐を感じられるのは唯一、市中の道場での試合だ。だから大会で剣の力は測れない、と恭子は思う。ここは道場が校舎から離れていて、石川が礼節を厳しく指導している証拠だろう。  この剣道部なら、私も入りたい。  知念が粛々と面をつけ、目の前に正対した。その一瞬で、緊張が漲る。 「勝負は一本、時間は五分だ」  審判役の男子に促され、提刀で互いに一礼。三歩歩いて蹲踞。  この人、強い。本能的に、そう感じた。  ただ。  彼女の目が、軽く笑っている。幼な子を愛しむような優しい瞳だ。悪い人ではない。  だが剣を構えたら、気を抜くのは禁忌だ。緩んだ気は心に隙を作り、隙は心に残滓を生む。その残滓は剣にまとわり、紙一重の勝負の天秤を揺らす。それが怖いんだ。 「始め」の声と同時に、恭子は足を半歩踏みこむ。知念の面越しの顔には、まだ甘い笑みがあった。さて、どう闘うか。  数瞬考え、竹刀をゆっくりと頭上に上げた。部員から声は出ないが、「おや」という軽い疑念が波立つ。  上段。面を狙う攻撃的な型。胴の守備は空く。  知念よりさらに高い恭子の上段は迫力がある。だけど高校ベスト四を相手に上段とは、この中学生は何を考えているのか。
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