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知念の笑みが消えた。竹刀に迷いが走るのを、恭子は見逃さない。剣の迷いは心の迷いだ。その隙に半歩、また距離を詰めると知念の竹刀が釣られるように、ふわりと軽く上がった。
知念の小手が彼女自身の視界を遮った刹那、恭子は相手の剣先を強く払って踏みこむ。知念の反応が遅れた。正面から鋭く伸びた恭子の面打ちを、反射的に上げた竹刀で間一髪はね返す。
だが恭子の長尺の一打は、知念の想像より軽かった。次の瞬間、足で距離を一気に詰める。
「どおおおおおおっ」
ぱしィィィッ。
竹の乾いた音が、知念の胴で爆ぜた。
「ど、……胴あり」
ざわ、と空気が揺れた。部員の戸惑いと動揺が波紋のように広がり、ゆらゆらした乱流を作る。
(知念主将、負けたの?)
(ウソっ、秒じゃん! 連勝ストップ?)
(一太刀だけ? 何で?)
「静かにしろっ!」
石川の怒声で全員が口を閉じた。だが乱れた空気は戻らない。
知念は、防御の竹刀をあげた姿勢で固まっていた。
「二人とも戻って。礼を」
審判役の声に、はっと我に返った知念が叫ぶ。
「先生……もう一度、もう一度やらせてください!」
石川はちらと、恭子を見る。恭子は咄嗟に表情を消した。
私はかまわない。でも相手の道場で主張するのは筋違いだ。
石川は恭子を見つめた後、知念の方に向き直り、一喝した。
「勝負は一本の約束だ。高校生のお前が礼節を乱すなッ!」
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