今は蕾の剣桜

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 面を外した知念の顔は、青ざめていた。上体が揺らぎ、正座もできず足が崩れる。女子部員が寄って声をかけ、それから敵意の混ざった視線を恭子に投げた。 (主将は親切心で稽古をつけてあげたのに) (恩を仇で返すような不意打ちじゃない) (東京の中学生は遠慮ってものがないのか)  悪いことをした、と思う。  だけど恭子も市中の道場で大人に隙を突かれ、何度も敗者の土をなめてきた。その苦さを刺青のように体と心に彫りこみ、勝負で絶対に手を抜かないことを学んだ。  正座して、これからどうすればと周囲を見回し、真栄田の姿がないことに気づいた。彼は私の勝負を見ていたのだろうか。 「護佐丸君。まだ試合はできるかな?」  気がつくと石川が険しい顔で、恭子の前に立っていた。 「聞きしに勝る素晴らしい腕前だ。だけどこんな短い勝負では、君も不本意だろう。尚桜学園高校剣道部の未来のために、もう少し手合わせを願えるだろうか」  口元は三日月だったが、顔は笑っていない。  男子の一人がすっと立ち上がり、道場の入り口を閉鎖する。  右手に男子、左手に女子。居並ぶ部員の剣山のような険しい視線が、無音の圧力で恭子の顔を貫いていた。  華の主将に恥をかかせて、ただでは帰さない。全員の目が、そう言っていた。知念は男女どちらにも人望が厚い主将に違いない。 「喜んで」  恭子の返事に、迷いはなかった。 「与那城っ」 「はい」という野太い声が応えた。筋骨たくましい大柄の男子が立ちあがる。 「次の相手はお前だ」 「いいのですか? 女子ではなくて」 「お前は護佐丸君の剣筋を見ていなかったのかっ!」  石川が声を荒げ、与那城が首をすくめる。 「今の勝負は油断でも不意打ちでもない。知念では何度やっても勝てん、つまり女子部に敵はいない。ならば男子が全力で相手をするしかあるまい」  道場に、言いようのない重い空気が下りた。知念は手ぬぐいで顔を覆い、肩を震わせ始める。  与那城が恭子に、傲然とした視線を向ける。濁った瞳に敵討ちの炎があった。恭子はふうと一息つくと、涼やかな瞳を正面に向け、再び竹刀を手に取った。
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