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「なんだ。上段じゃないのか?」
竹刀をかまえて正対した男の目の奥に、今度は嘲りが見える。年下だからか、女だからか。
たぶん両方だな。恭子は軽く吐息してから、小声で呟く。
「上段が必要な相手かは、私が決める」
「中坊。なめた口を」
奇声を上げながら打ちこんできた面を、恭子は軽く打ち払う。二撃三撃、四撃五撃と畳みかける力強い雪崩打ちは、すべて冷静に受け外した。
与那城は知念より遥かに覇気があり、闘志があり、勇猛で、力強く、そして隙だらけだった。
いったん体を離してから、軽く二太刀合わせた後、恭子がわざと大きな動作で面を呼び込み、狙い通りの胴を抜くまで三十秒。
面を外した与那城の顔は真っ赤、ぜえぜえと荒い息を吐いていたが、恭子は呼吸一つ乱れなかった。
「次っ。金城!」
「小手ありっ」
「次っ。仲根!」
「胴ありっ」
不本意ながら、白旗が上がるたびに石川は次々と男子部員を指名する。まるで道場破りだ。そして男子を打ち負かすたびに、道場内の緊張感と敵意が膨れ上がっていく。石川がなぜ中学生の自分に躍起になるのか、よくわからない。
だけど恭子は、売られた勝負で自ら負けようとは思わない。剣の悪魔は己の心を喰らい、宿り主が気を抜く瞬間を待っている。一瞬でも心を緩めれば、知念のように拭いがたい屈辱と後悔の傷を負う羽目になるのだ。
「次っ」
「待ってください」
凜と響く男の声が、道場の隅から上がった。
「彼女の剣の腕は本物です。僕が闘いましょう」
「真栄田先輩……」
先ほどまで制服を来ていた高校生が、今は防具を纏っていた。
「やはりあなたは剣道部員だったのですね」
「元、だね。この夏まで男子主将だった。前のインターハイは全国三回戦」
連盟の日程に詳しいわけだ。真栄田は涼しげな顔で言う。
「かつての仲間がここまでやられると、黙って君を帰すわけにはいかなくなる」
「それで着替えに行かれた?」
「うん。少し休むかい? 五戦目では疲れるだろう」
「団体戦で五戦連続の経験はあります」
「先鋒で全勝したって意味かい? 結構。休息十分の身で闘うのは申し訳ないが、受験勉強でナマクラになった勝負勘をハンデとさせてもらおう」
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