魔王、『世界を語る』

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 ……。  …。 「物騒な世の中でござるなあ」  魔王のため息言葉が風に乗って青空に消えてゆく。  魔王の隣に立っていた男が、同じ青空を見ながら言った。 「そうか? 俺は特に、そうは思わぬが」  隣に立つ男の口からの否定文に、魔王は少しの反感を覚えた。  魔王は口を尖らせて聞き返した。 「ほお? おぬしは、どう思うのか?」 「こうして毎日、好きなときに青空に目を向けると、この世の美しさを感じるばかりである。さすれば、さもありなん。この世は物騒とやらを感じる暇などありはせぬ」 「……なるほど」 「満足のゆく答えを得られたか?」 「ああ。俺と会話しているこの男の名は――剣豪・織田信長である」 「はあ?」 「いてっ」  魔王はパシッと空手チョップを頭に食らった。 「誰が剣豪の織田信長だ? 信長に期待と思わせることを口走るではない」 「くうっ。この世界の美しさときたらだって? もう一度言ってみろでござる、おう?」 「そ、そんなに怒るなよ」 「ああ思い出した。ぐるりと敵国に囲まれてるこの領地で、よくもまあ、そんな洒落たことを言えるものでござる。このうつけものめ」 「だって、事実だし」 「え?」 「領地が敵国に囲まれてる。ああ事実だ。だが、それでも青空の美しさは、この世の美しさ」 「やはり、こいつおかしいぞ……改めて言うことではないが」 「領地が敵に囲まれて危うい? 危険極まりない領地の青空が、これほど美しいものか。だから危ういなどの言葉に騙されるなよ。馬鹿正直に信じるな。騙されたら負けだ」 「そ、そうだね。じゃ、じゃあね」  とりあえず頭に思い浮かんだ家に帰ろうと魔王は思った。 「まあ続きを聞けよ」  うつけものの手とは思えぬほどの強い握力で両肩を掴まれた魔王。 「は、はい」  素直に従って回れ右をした。  信長と向き合う魔王。  信長は生真面目っぽく言った。 「今の俺はうつけものと言われているが、今はそれでいい。だが、そのうち、俺は天魔王と自ら名乗るつもりだ」 「ブーッ!?」 「うわっ、汚いなあ。こっちにツバを飛ばすな」 「ご、ごめんでござる。その、天の、魔王って言葉が、なんか妙に拙者の心に突き刺さって候」 「そうか。だが、今の俺の言葉は、他の誰にも言うでないぞ? お前にだけは言っておきたくなったのだ。えーと、お前、ところで、どこの誰だっけ? なんかこうよく思い出せないけど、妙な親近感が湧き出てきて、つい自分を語りたくなってしまう。不思議な奴よ」  信長は高笑いした。 「信長はうつけものだと、一度この世の者たちをすべて騙す。そして、そいつらが信長の正体を知り、騙されたと思い知ったときには、信長はすでに天下を取っていたという話さ。必ずな。必ずそうなる」 「この世の者たちすべてを騙すだって……?」 「この世は信長に厳しいだなんて、そんなことはない。それは嘘だ。信長である俺は絶対に騙されないぞ。俺が逆に世を騙す。嘘に引っかかったのは正直者どもめ、バカを見ろだ」  再度高笑いの信長。突飛なたくらみに対しての高笑いは、馬鹿笑いにも聞こえた。  しかし、魔王は冷静にその高笑いを受け止めていた。 (この世を征服するために、一度弱者を演じてこの世を騙すだと? バカな。ここに転生する以前の記憶を思い出した。強者とは弱みなど一切見せずに覇道を突き進むべきであろう? 特に魔王とは、そういうもの――。しかし、しかし、だ。信長は強者でありながら弱者を演じて世界を騙し、時が来たら天魔王を名乗って世界を征服しようとたくらんでいる。そんなことができるとしたら、だ。魔王は強くて怖いってことを守ってきた私は? 魔王は強くて怖くなければいけない? 誰がそう言った? あっ!? 危ない――!)  どこからか放たれた一本の矢が信長の後頭部を射抜こうとした、その時、魔王が身代わりとなってその矢を頭部に食らった。 「お、おい――!?」 「天魔王よ。世を手に入れるために、弱者を演じて世を騙すというたくらみ、叶うといいな……」  魔王の意識は再び闇に落ちた。
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