魔王、『世界を語る』

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 …。  ……。 「はうっ――」  魔王は目覚めたら再び女神の目の前に立っていた。 「世界を騙す。世界を騙したほうが勝つ……」  ぶつぶつ呟く魔王。 「今回はなかなかのドラマだったわよ。魔王が別の世界の魔王と知り合い、魔王がもう一人の魔王に世界の征服の仕方を教えられたところで……、魔王がもう一人の魔王をかばって死んでしまうだなんて、もう、素晴らしいオチだったわ」 「魔王、天魔王、信長は、あれからどうなったんだ? やはり世界を征服できたのでござるか?」 「記憶の他に、前世の言葉遣いまで持ってきちゃって。信長くんの最期は教えないわ。彼の最期は、それから何百年後も語られるほどのドラマだった。それには実に私も大満足している」 「それが女神の満足度というものか……」 「ところが、実にキミの場合、負けたらおしまい。勝ったとしても、それでおしまい。それだけの存在」 「ああ。勝った負けたがオチって、つまんないね。そこに至るまでのドラマの集大成が、それだけじゃあ……」 「私が魔王であるあなたに求める結末とはどんなものかって、ようやくわかったかしら?」 「しかし、恐ろしくて強くて勝つことが魔王の姿なのだ。私はそう信じていた。だが、待てよ? 自分からそう思ったのではない。誰かがそう言ったから、そう信じたのだ。では、一体誰がそう言った? その世界の者たちすべてが、そう言ったのではないのか? いいや、違うぞ――」  転生を繰り返し、その都度(思い出せないだけで)膨大な知識を蓄えてきた魔王の頭は魔王らしく冴えてきた。 「その世界の者たちすべてが、魔王は恐ろしくて強い存在なのだと私を騙していたのだよ! なんだってー!? いいか、よく聞け、魔王の私よ。世界の者すべては魔王に怯え、魔王に支配されることで、魔王を高いところに持ち上げ、そして叩き落とした――今度は勇者を高く持ち上げてな!」 「そうそう。魔王を倒した勇者は叩き落されずに伝説となって数百年後まで語られる存在となる。実に愚か者を倒した爽快感ゆえに、ね。信長くんは天魔王と名乗った後で伝説になったけど、彼はマジ例外と付け加えておきます」 「天魔王と名乗るまで自分は弱者であると世界を騙していたからだ、信長め」  魔王は天に向かって両手を広げて叫んだ。 「楽勝だとホイホイ寄ってきた強者たちを油断させて、――ことごとく倒す。信長は気づいていた! 世界は嘘つきなのだということに! 騙されたほうが正直者で、馬鹿を見る羽目になるということに――!」  さらに頭を抱えながら魔王は痛恨の極みにのたうち回った。 「あああ魔王は強い、魔王は怖い――、世界の者すべてが、たとえ自分の心がそう言っている気がしても、そんなの嘘だ、騙されるな。魔王の私は強いと勇者に思わされていただけ。魔王は怖いと勇者が思っていると勘違いしていた。そんなのだったから、魔王の私は、勇者のレベルが低いときに勇者を倒そうとは思わなかった。私は強いから、いつでも楽勝だしって。そして、気づいたときには、勇者のレベルは最大値。魔王の私の命運は危険度クライマックス!」 「ぱちぱち」  女神は魔王の悟りに拍手を送った。 「そうだったのか。世界は嘘つきだと思えば、慎重に生きることができる。お前ならできると言われても、本当にそうでしょうか? それあなたの感想ですよね? 無責任なこと言うの、やめてもらえます? そう言っておいて、邪魔者をつまみ出しておいて、陰からこっそりやってしまう。最後に、ふふん(笑)だ」 「きゃー、素敵! ひ、ひねくれてるうっ」 「逆に、お前にはできないと言われたら、できない振りをして、そんなこと言う相手を油断させて騙し、弱いところから狙ってやってしまう。仕上げで、あら、あなたにはできないんですか? ふふん(笑)だ。それが勇者。嘘を嘘だと見抜――」 「おお。実に歪んだ人生論。次の魔王転生のドラマは期待できそうね」 「ふふふ。期待していいぞ。まあ、その部分だけを次の転生で忘れなければいいけどな」 「そこは次回の転生の特典として忘れないようにしておいてあげる」 「そりゃどうも」  ここで魔王は心の中で女神に舌を出した。  お前も騙してやろう。  次の転生は予備知識が豊富にあるところから始まる。それならば、神殺しの力を身に着けて、その力を忘れないようにして、再びここに戻ってきてやろうじゃないか。  女神も心の中で舌を出していた。  高いところに持ち上げられてるってことに気づいたのに、でも、その気持ちよさから決して抜け出せない。高いところから叩き落される。それが魔王。毎度無様な死にっぷりで、私を笑わせてくれることが魔王の職務。 「ふふふ」 「ほほほ」  神殺しをたくらむ転生する魔王と素知らぬ顔をする女神の物語を見ている者たちがいることも忘れてはならない。 「これが狐と狸の化かし合いか」 「しょせん、この世は騙し合い」 「正直者はバカを見る」 「我ら神々とて同じこと」 「それもまた嘘」  主神は誰かに向き直って言った。 「良い嘘でしたで終わる、終わらせることが大事」  それはまた別のお話――。 <終わり>
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