坂崎秀介と木尾桜

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坂崎秀介と木尾桜

 手をかざせばその手が真っ暗闇に溶け出してしまいそうな真夜中。周りの木々が誘うように道を作る山中。安っぽい懐中電灯の灯りだけを頼りにしてザクザクと足元の土を踏みしめて歩く。  春の夜は寒い。俺は動きやすいトレーナーとズボンにウインドブレーカーを着込んで暖を取っていた。対して木尾は上下ジャージの装いで見るからに寒そうで俺は心配した。 「寒くないか?」  歩きながら俺は尋ねる。 「大丈夫、平気」  木尾はそう答えたが本当に寒くないのかは俺には窺い知れなかった。 「坂崎は、袋、重くない?」  今度は木尾がそう尋ねてきた。俺が背中に背負った袋の、ちょうど人一人分の重みの事を聞いているのだろう。 「平気だよ。なんとか運べる」  好きな人の前だったから強がったという訳でもなく、単なる事実として大丈夫そうだったのでその通りに答える。 「そっか」  木尾は納得した様子で返す。心なしか安心したようにも見える。 「木尾の方は重くないか?」 「大丈夫だよ。スコップくらいなら流石に平気」  木尾はスコップを担いで空いた方の手に懐中電灯を持ち俺の足元を照らしながら進んでいく。 「おどかすつもりじゃないけど、しっかり運んでよね。  なんたって私の将来が懸かってるんだから」  木尾冗談めかして言った。けれど俺には分かる、それは多分強がりだ。本当は怖くてたまらないのだろう。俺はその恐れを取り除いてやりたい。だから、山に死体を埋めに来たのだ。 「木尾、何で俺だったんだ?」 「何が?」 「共犯者に選んだ理由だよ」  あの時、俺は木尾にスマホで呼び出された。少し急かされるような口振りだったので俺は急いで向かった。そして人気のない部室棟の陸上部の部室で晴美の死体の前で立ち尽くす木尾と出会った。  そこで俺は死体を隠すための共犯者になって欲しいと頼まれた。 「ああ、そのことか。  色々条件が当てはまるのが坂崎しかいなかったから」 「条件?」 「そう、山に死体を埋めるための条件。  まず、坂崎って車持ってるでしょ?やっぱり死体は遠くに埋めたいからね。運ぶ手段は無いと困るよ」  俺は高校の内に免許を取得して、維持費はバイトして自分で出すという約束で親の金で車を買っていた。相当な放蕩息子に見えるだろうが車を持つのは夢だったので満足している。現にこうして木尾の役に立っているのが嬉しかった。 「それと山岳部ってのも大きいかな。  山に埋めるなら山のことに詳しくて体力もあった方がいいし。私も体力に自信はある方だけど、女子高生が人一人担ぐのは大分つらいからね」 「山岳部といっても、ほぼ幽霊部員だけどな」  木尾は俺が山岳部だということを買ってくれているようだが今ではほとんど活動には出ていなかった。山岳部の経歴は進学や就職に有利になると聞き及んだので入ったのだが、日々のトレーニングがきつくて数ヶ月で行かなくなってしまった。退部はしていなくて籍だけは置いてあるので、勝手にスコップを拝借して使わせてもらっている。 「それでも頼りにはなるよ」  そう言って、木尾はまた黙々と歩き続ける。ちょっとした沈黙。その沈黙を破って、俺はおもむろに声をあげる。 「…あのさ、それだけなのか?」 「え?」 「俺を共犯者に選んだ理由、他に無いのか?」  この質問を声に出すのは少し勇気が必要だった。期待する返事が返ってくるとは限らないのだから。 「…どうだろうね。それは私には、分からないかも知れないな。だから、教えられない」  案の定、はぐらかされてしまった。俺は少々、いやかなり都合の良い返事を期待しすぎてしまっていた。俺が木尾を好きだという事を、木尾が知っていて意識してくれてくれるなどという事を期待するのは、流石に虫が良すぎた。  それにしても木尾の返事は微妙というか絶妙というか奇妙だった。教えられない、とはまだ分かる。木尾にも色々と事情があるかも知れないのが想像できるからだ。けれど木尾本人にも分からないというのはどういう事だろう。何か情報が足りなくて判断がつかないという事なのだろうか?  何にせよ俺は、それ以上深入りできない。勇気がないから。 「そうか、分からないか。なら言わなくても良いよ」 「…ごめん」  木尾はしおらしく謝った。木尾にしては珍しい事だ。 「謝らなくても良い。どんな事情があっても俺は最後まで付き合う」 「そっか、じゃあ、ありがとうだね、坂崎」  木尾がはにかんだ。  その笑顔を見て俺はふんわりと幸せな気持ちになった。担いでいる袋の重みを忘れそうになるくらいに。
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