坂崎秀介と木尾桜

3/3
前へ
/6ページ
次へ
――――― 「ここが良いかな」  木尾が懐中電灯で地面を照らしながら言った。木々を掻き分けてだいぶ山中に入ったところに、死体を埋める穴を掘るのに丁度いいスペースがあった。  俺は袋を降ろして脇に置き、木尾からスコップを受け取る。 「本当に穴掘り一人で任せちゃって良いの?」 「ああ、最初からそのつもりだったしな。木尾はそこで照らしててくれ」  山で穴を掘るという事は存外難しい。表面の土が柔らかくても下の地層は硬いかも知れないし、石や木の根などがあれば難易度は更に上がる。  実際に掘り始めてすぐに予想通り難所に差し掛かる。この調子だとだいぶ時間はかかりそうだ。木尾が心配そうに覗き込んでくる。俺は無言で応えて穴を掘り続けた。  スコップの鉄が土とこすれ合うシャリシャリという音が、静かに響いていく。  掘り始めてからしばらくして、俺はおもむろに口を開いた。 「…なあ、どうして晴美を殺したんだ?」  木尾は不意をつかれたような顔をして穴を照らす手が揺れる。 「…ここまで関わっておいて、今更知りたいの?」 「ああ、どうしても知りたいんだ」  本心から知りたかった。木尾の力になりたかったから、何もかも話して欲しいと思った。 「どんな内容でも、木尾の力になると約束する」  俺のこの言葉に、木尾は何かが揺らいだような不安気な表情を見せた。けれど決心したのかゆっくりと口を開く。 「…分かった。少し長くなるよ」  俺は穴の底で耳を傾けながら手を動かしていた。  木尾は少しだけ迷うような素振りを見せて、探るように話し始める。 「坂崎は私と晴美の関係ってどんな風に知ってる?」 「確か同じ陸上部に所属していたんだったな。それと幼馴染でもあるんだったっけ」 「そうだね、でもそれだけじゃ私たちの関係を言い表すのには足りない。  腐れ縁てやつかな。私と晴美にはいつも何かしらの因縁めいた結びつきがあったの。勉強でもスポーツでも、同じものを見て、同じものを好きになり、同じものを追い求めた。もちろん何もかもが同じという訳ではなかったけどゆく先々で出会うことになった。そして同じものを求めるからにはぶつかり合う事もあった。傍から見れば、切磋琢磨するライバルみたいだったでしょうね」  木尾はライバルみたいと言ったところで、困ったように笑った。何か自嘲しているような気がした。 「晴美も私とライバルだという意識は無くて、『ああ、またこいつと比べられるのか』くらいの認識だったと思う。周りが勝手に囃し立てることもあったけど当事者としては何とも思わなかった。  そして競い合うことの一つに陸上競技があった。お互いに陸上を真摯に好きでいたから、私たちは陸上部でもエースを競い合うようになった。  私はただ陸上が楽しくてやっていただけで晴美に勝つということには興味が無かった。でも、ある時そう言っていられない事態になった」  俺は膝辺りの深さまで掘り進めた穴の中から木尾をちらりと見上げた。手に持つ明りが逆光になって少し見づらかったが、木尾は真剣で深刻な、覚悟を決めたような表情をしていた。 「私の家はそれ程裕福じゃなかった。だから私の望む大学に行くためには、スポーツ推薦で学費を免除してもらうのが私の実力的にも最も現実的だった。だからずっとそれを目指して頑張ってきた。  だけどある時、私は顧問が話しているのを偶然聞いてしまった。一つしかない今年の推薦の枠は晴美に決まりそうだ、って。  それを知ったとき私は絶望した。確かに晴美は実力があったけど私も負けていないという自負もあったし、何よりこんな形で私が一番欲しかったものを奪われたくない、そう思った。  だから、私はまず晴美と話そうと考えた。晴美を説得して推薦を辞退させようと思った。そのためにあの夜に陸上部の部室で二人きりで合うことにした。  私は晴美に話した。どうしても大学に行きたいから推薦を辞退してほしいと。だけど晴美は首を縦に振らなかった。  晴美の家は私の家とは比べ物にならないくらい裕福だから、推薦を取る必要なんてないはずだった。それなのに晴美は頑なに譲らなくて、その理由は最後まで分からなかった。そしてそのうちに口論になって、カッとなった私は手近にあった紐で晴美の首を締めていた。次に気が付いた時にはぐったりとした晴美が目の前に転がっていたの。  それで私は何とかしなきゃと思って坂崎に連絡したんだ」  そこまで言い切ると、木尾は口を閉ざした。俺は穴を掘る手を止めて木尾に向き合った。 「…そうか。辛かったな」 「…え?」 「俺は木尾が晴美を殺したのも仕方ないと思う。他の奴らがどう思うか知らないが木尾にも理由があったんだよな。  だから、お前は悪くない」  木尾は驚いたように目を丸くしている。  俺は心の底から木尾に同情していた。そんな事情があったのなら晴美は殺されても仕方ない。本気でそう思った。 「本当にそう思ってるの?」 「ああ、だから木尾の事を最後まで助ける。約束するよ」  俺は木尾が好きだ。恋は盲目というから、あまりにも好きすぎて何か間違った判断をすることもあるだろう。けれど今は木尾のためにできることを全力でする。それが本心からの願いだった。  木尾は呆然していた。そして急にぽろぽろと涙を流したかと思うと手で顔を覆って泣き始めた。俺は戸惑ったが今はそっとしておいた方がいいと思い、作業を続けようと木尾に背を向けた。  穴の底で穴掘りをするためにスコップを振るおうとしたそのとき、とん、っと背中に何かが当たった。  木尾が穴の底に降りてきて、俺の背中にしなだれかかっていた。俺は驚き振り返ろうとするが、何故か体に力が入らずにそのまま横向きに土の中に倒れ込んでしまった。 「うわっ」  穴の底で這いつくばり、木尾を見上げる。暗くて表情が見えない。地面を転がっている懐中電灯が木尾の手元を照らすと、その手には何か赤黒いものが握られていた。 「え?」  その赤黒いものが血にまみれたナイフだということと、背中に激痛が走っているということに、俺は同時に気が付いた。  そして木尾は俺を抱きしめるかのように覆いかぶさって来た。その手のナイフを俺に突き立てるために。 「……がっっ………!!!」  今度はナイフが刺さる衝撃がモロに体全体に響いた。痛みも激しくなった。  木尾はそんなこともお構いなしにナイフで俺を滅多刺しにする。木尾、やめてくれ、そう言葉を発しようとするが上手く声が出せずにかすれた息になる。  俺は体に力が入らずにされるがままになっていた。痛みと出血で意識が朦朧としてきた。  土の匂いのする穴の底で薄れゆく意識の中ぼんやりと考える。俺が死んだら木尾はちゃんと死体を埋められるだろうか、と。  そして俺の意識はそこで途切れた。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加