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「血も涙もないのが悪魔なら、涙があっても血はないのは何なんだろうね」
「天使とか?」
「お、気が利くねえ日坂くん。さては前世でモテモテだったな?」
「しれっと現世を否定するな」
あはは、と会川は歯を見せて笑う。
少しだけ開けている窓から風が入って、ふわりと白いカーテンが靡いた。揺れる光が彼女の笑顔を煌めかせる。
横目で時計を見て、僕は左腕を押さえていた右手を離した。
「でも、なんで涙なんかあるんだろうね」
「大事なクラスメイトのいない寂しさを紛らわすためだろ」
「気が利きすぎだぜ、日坂くん。けどさあ本当に泣いたら紛れるの?」
会川はベッド脇に置かれた小さな椅子に座る僕に問いかけるが、答えを期待していたわけではないらしく話を続ける。
「今まで色んな人がお見舞いに来てくれたんだけどさ、みんな言うんだよね。泣いてもいいんだよって。でも泣いたらもっと悲しくならない?」
「そんなもんかなあ」
「うん。私、今泣くほど辛いんだって自覚しちゃってもっと悲しい気持ちになるの。ほんと涙なんか無くていいよ。血は欲しいけど」
「あげてるだろ」
「いただいてます」
会川はふわりとやわらかく微笑んだ。その頬はほんのりと朱く染まっていて、僕は心の底から安堵する。
彼女に通う血は、今日も赤い。
それがどれほどの奇跡かを僕は知っている。
「いつも血を分けてくれてありがとね」
会川は少し申し訳なさそうに目尻を下げた。
僕は持っていたガーゼをゴミ箱に捨てる。肘の内側にある傷口の血は完全に止まっていた。
「まあタダじゃないし気にすんなよ。今日は飲むヨーグルト三本も貰ったぞ」
「日坂くんって自分の血を電子マネーとでも思ってない?」
呆れたように笑う会川は「それなら私も何か返したいな」と口にした。
白い壁と床、明るい蛍光灯。無機質なベッドに吊るされたネームプレートには『会川明音』とある。
ベッドの上で上体を起こした会川は微笑んだ。
「私の涙を、君にあげる」
彼女の纏う淡い橙色の病衣と、色素の薄い肌が差しこむ陽光に艶めく。
「自分の要らないものを人に渡すなよ」
「これで日坂くんの寂しさは紛れるし、私は泣かなくて済むね」
「嬉しいときも泣けないけど」
「そのぶん力いっぱい笑うよ。だから遠慮しないで」
彼女の腕からは半透明の管が伸びている。
その管はベッド脇に吊るされたパックまで続いていて、先端から一滴ずつ無色の液体を落としていた。
パックに三分の一ほど溜まったその液体が会川明音の血液だと僕は知っている。
「君のおかげで私は人間でいられるんだからさ」
彼女の血は、涙の色をしていた。
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