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「あれ?拓海君いま帰り?」
客も疎らな田舎のローカル線に揺られ窓の外を眺めていると、目の前を白い手に遮られた。
驚いて見上げれば、そこには彼女がいた。
「ああ、眞子ちゃんか。うん、まぁ。そっちも今帰り?」
「そう」何が可笑しいのか、眞子は笑って拓海の隣に座った。拓海は自分とは違う学校の制服を着た彼女の姿を横目にみる。
何だか不思議な気分だった。
彼女、谷川眞子は拓海の幼馴染みで家は今も隣だが、中学に上がった頃から余り話さなくなり高校に進学した今では会わなくなった。けれど、中学時代に一度も同じクラスになった事が無かったせいか、彼女も拓海もお互いを未だにファーストネームで呼び合う。
やっぱり不思議だな、と拓海は思う。かといって、もう子供の頃のような近い距離感とは違うのだ。
少し大人びた眞子の横顔。こんなに近くで見たのはいつ以来だろう。
「何か久しぶりだね」
「そうだね」
彼女が急にこちらを向いたので、拓海は慌てて目を逸らした。
「不思議だよね、毎朝ほぼ同じ場所から出て来るのにさ。中学くらいからあんまり会わなくなったじゃない?何でだろ」
「あぁ俺、部活やってたから。早く出てたしな」
そっかぁ、なんて無邪気に笑う彼女。拓海は悟られないようにポケットの中で拳を握り締めた。
本当は見ていたから。
中学の頃、たまに廊下を歩く彼女の後ろ姿を見ていた。登下校する眞子の姿を教室の窓から捜したりもした。その度に胸が締め付けられたのだ。
不意にまた彼女が笑う。
「なに?」
「え?あんなに会わなかったのに、そう言えば今週はよく会うなと思って」
昨日の事を言っているのだろう。拓海が母親に頼まれた回覧板を持って行くと眞子が出たのだ。気まずくて、ぶっきらぼうに押し付けて帰った。
自分の行動を思い出し、恥ずかしくなる。
「ゴメン。昨日、愛想悪かったよな」
「え?そう?気にしてないよ。彼女とかに優しかったら、あとはいいんじゃない?」
「いや、彼女はいない。けど、」
少し声が震える。拓海は目を逸らしたまま、次の言葉を口にした。
「好きなやつはいる」
窓の外に固定していた視線が自然と下に降り始めた頃、眞子のすっとんきょうな声が誰も居ない車両に響き渡った。
「へぇぇ!誰?私も知ってる?」
興味津々に聞いて来る彼女の食い入るような瞳を見て、拓海は身体中の血液がざっと引いていくような気がした。
あぁ、俺に興味ないのか。
瞬間、抑えきれない何かが身体を動かしていた。覗き込んでいた彼女の頭を引き寄せ、丁度いいと言わんばかりに唇を重ねる。電車が駅へ止まったところで顔を離した。
時間が止まったかのように見つめ合う二人を、開いたドアの音が現実に引き戻す。
「知ってるよ」
それだけ言い残し、拓海は電車を降りた。そこは最寄り駅の一つ手前。真っ赤な顔で唇を押さえる彼女を乗せたまま、電車は走り出した。
拓海はベンチに腰掛けると、あぁと頭を抱える。
次の電車はあと三十分は来ない。眞子はそのまま帰るだろうか。
「なにやってんだ、俺」
鞄に入っていた炭酸飲料を一気に煽ると、喉と心臓が痛かった。
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