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これで何代目になるだろうか。ずっと同じ型番のヘッドホンを買い続けている。ずっと同じヘッドホンを買ってしまうなんて、すべては彼のせいだ。
私の幼いころは天才ピアノ奏者、なんてもてはやされていた。よくある話だがそういう天才は学校ではいじめの的になる。私もそのような天才たちの一員だった。
そして、ついには心を病んでしまって音に敏感になり、人の声や生活音は勿論恐怖の対象になり、好きだったピアノすら弾けなくなった。
心の病を軽視する両親。ピアノが弾けないあなたなど要らない!とまで言われた。そうして学校にも家にも居場所がなくなった私は家を追い出された。
親戚のところへ預けられた先で、親戚の人は「音が怖いなら」と安物のイヤホンをくれ、イヤホン付けて学校に来てもよいという条件を学校に掛け合ってくれた。イヤホン付けながらなら日常生活が送れるようになったある日の放課後、ふとピアノを弾きたいと思って音楽室へ急いだが、そこには先客がいた。
持ち込み禁止の高そうなヘッドホンつけてただピアノの前に座り外を眺めていた。互いにイヤホン、ヘッドホンをつけていたのもありノックせずに音楽室へ入る。
彼はすぐに気付き、「なんで入ってくるの。今使用中なのわかんないのかよ。」と言って出ていこうとする。「ま、待って。ヘッドホン持ち込み禁止だよ。なんでつけてるの?」と彼を呼び止める。
「あんただって~。いや。あんたは学校に許可もらってるんだもんな。はいはい、凡人とは一緒にしてほしくないですよねー。じゃ、俺は出ていくんで。」
出ていく彼の腕を掴む。声だと聞こえずらいかもしれない故の行動だった。
彼は音のない音楽室で、自分のヘッドホンだけに響く音楽を聴いていたらしい。私も彼のように静かな演奏をイヤホンの中で奏でてみる。
そして、彼と私はピアノの周りに別々に腰掛けながら、互いに自分にしか聞こえないヘッドホンの中の、イヤホンの中の静かな演奏を奏でては、聞く。
また別の日も。また。なんて声に出さずとも、私たちはそれぞれの静寂を奏で続けていた。
ある日、体育の授業中、事故でイヤホンが壊れてしまった。
常につけていないとまだダメなんだ…と思い知る。イヤホンを介さず直に聞く世界の音はうるさくて怖かった。自分の声が加わることすら耐えられないほどの喧騒に耐えられず気を失い、保健室に運ばれた。
そして放課後になり、帰らなくてはいけなくなった。イヤホンなしに外を歩けそうにない私を見つけ、音楽室でたびたび会う彼が走ってきた。
無言で、ヘッドホンを私に着け、{イヤホンを買い換えたら返せばいい。俺は君ほど音に弱くない。放課後以外はヘッドホン着けてないし、替えも持ってるし。俺は平気}と筆談してくれた。
その後イヤホンではなく彼が貸してくれたヘッドホンと同じやつを買った。
それからもう十何年がたつ。ずっと同じヘッドホンを使い続けてればきっとあの時、彼が奏でていた演奏が聞こえるのかもしれないと信じて使い続けている。ヘッドホンなしでも普通に生活できるようにもピアノがまた弾けるようにもなった。でも、彼の奏でていたあの静寂の演奏を聴くために、何代目かのヘッドホンを着け、自宅のピアノの前で今日も一人っきりの演奏会を始める。
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