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僕は渡辺杏美の父親が入院する総合病院へ連れていかれた。
「お父さん、もう長くないの。余命半年って。やり残したことがあるらしくて、お願いしたいんだ」
僕はベッドから身動き一つ出来ないでいる父親と対面した。
小脳が委縮する病気で、今では手足がほとんど動かなくなっているらしい。
ただ、話すことは問題が無いので直接本人から話を聞くことにした。
「俺が生きている間に叶わなくてもいいのだが…誰かにこの想いを託したくてな」
渡辺杏美の父親が高校生の頃、水泳部に所属していた。
高校最後のインターハイをかけた試合で、彼は選手に選ばれなかった。
腹いせに会場に着いてすぐ、選手の水着を自分の鞄に隠してしまった。
皆、招集場所に向かう直前に履き替える予定だった。
「監督は急遽水着を準備しようとしたが、とてもじゃない無理だった。我が校は出場辞退。……誰も俺の犯行だと疑わなかった」
その水着を謝罪と共に本人へ返して欲しい、というのが望みだった。
亡くなる間際の方の望みであること、また金銭的な報酬が魅力的で引き受けてしまった。
渡辺杏美の父親は隣のG県出身で全員の現在の住所は把握しており、このA県から近くはあるが、10人分の依頼なので骨が折れそうだった。
道中、職質なんぞ受けて持ち物検査をされませんように、と祈りながら自転車でG県へ向かった。
夏休み中に全ての謝罪と返却を済ますことが出来、皆後日、渡辺杏美の父親に会いに行ってくれた。
「あの時は確かにショックだったが……今となってはそれもまた思い出だ。真相を話してくれてありがとう」
被害にあった10人は、皆そう言ってくれた。
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