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「佐倉、”教えて”」
こいつはこんな声で話す奴だったのか。
低くそれでいて重い声に鼓膜を通り指先まで痺れる。
あぁ、すげぇ良い…。
ゾクゾクとした毛穴が開くような感覚がつま先から頭にかけて広がる。
こんな声でそんな目で命令されたら…従ってしまう。
後ろの席に座っていた柴田という男に特にこれと言った印象は受けなかった。強いて上げるならば名前から連想されたのか、犬のように感情の分かりやすいコロコロと笑う男だと言うことくらい。
そんな柴田という男はわざわざさよならを言う為に机を鳴らし、視線を上げさせ目を見て話しをしていた。そう気付いたのは今この状況でだった。
もしかしたら素質があるかも…。
飼い主を失った迷子のクソ犬は、少しのイタズラ心と”教えて”と言った柴田の目と声に惹かれた。
「……柴田さ、性癖なに?」
何から話そうかそう考えているうちに飛び出した言葉は突然そのもので、先程までいい目をしていた柴田はパチクリと驚いた表情に変わった。
あ、最悪。犬面に戻った。
「は?え、性癖?!」
「うん。性癖」
「えー…いや、無い…と思うけど」
頭を掻きながら気まずそうに話す柴田にくすりと笑って見せ、視界に入った公園のベンチを指さし座ろうと促した。
戸惑いながらも座った柴田の横に腰かけると視線を感じて柴田を見る。狼狽え慌てて視線を逸らした男にやっぱ勘違いだったかも。と少し後悔した。
「…俺さ、飼われたいんだよね」
また唐突過ぎただろうか。
視線をさ迷わせてハテナを浮かべる柴田が可笑しくて笑いが漏れた。
「あー。なんて言ったら分かんだろ…。分かりやすく言ったらM?」
「M?!佐倉が?」
「うん。でも痛いのとか苦しいのは別に好きじゃねぇけど。後、無意味に罵られるのもうぜぇ」
「……え?それってMじゃなくね?」
何言ってんの?といった表情の柴田に少なからずイラッとした。が、我慢。まだ希望はある。
先程の真っ直ぐで揺らぎのない瞳を思い出し背筋がゾクッとした。
「そ。厳密にはMじゃない俺はサブミッシブ。飼われたいし管理されたい。命令されて従いたい」
「……命令…管理?」
「例えば…んー。トイレでさシッコ漏れそうな状態で便器に座って、いいって言うまで出すなって言われる。とか?」
あ、やばい想像するだけで興奮しそう。
「きっつ…俺は無理!」
青ざめた様子の柴田にスーッと興奮も冷めていきなんでこいつに話したんだっけ?と自分を疑った。
「…いや…ごめん。なんか佐倉のイメージと違いすぎて…」
顔に呆れが出ていたのか柴田は慌ててフォローするかのように謝り、コーヒーを奢ると数メートル先の自販機へ向かった。
その後ろ姿を眺めながら、こんな奴の方が案外どぎつい命令するんだよなぁとしみじみ思い、どうにかならんものかと思案してみる。
「ごめんな」
そう言って俺の前に立ちコーヒーを差し出す柴田をじっと見上げた。
「なぁ、俺のイメージってどんな?」
「え、うーん。クール?とか?」
「他は」
畳み掛けるように質問する俺に柴田は差し出していたコーヒーを持ちながら腕を組み考え込む。
「怖そうとか、ヤンキーだとかそういうイメージは話してみて無くなったんだよぁ…」
独り言のようにつぶやくのを聞いて、やっぱ学校の奴らにそんな風に思われてるんだと知った。
「へー俺ってそんなイメージなんだ」
「あ、いやほら!松本とかもさ話したら全然普通だけどピアスすげぇし………ごめん」
「ふっ、ははっ別に怒ってねぇよ」
困ったように眉を下げる柴田が再びコーヒーを差し出し、貰ってくださいと弱々しく言う。
「…そんなイメージの俺を服従させるって、かなり興奮しない?」
少し首を傾け覗き込むように見上げる。目が合った柴田は何を考えているのか、それでも一瞬目の色が変わるのを見逃さなかった。
「柴田、缶開けて」
目線をコーヒーに落とし缶を開けるように促す。柴田は戸惑いながらもそっと指先に力を込めプルタブを持ち上げ缶の口を開けた。
「…飲ませて」
「っ、佐倉」
「飲めって言って。柴田の手から飲みたい」
これでダメなら諦める…乗ってこい。
そう願ってるのがバレたのだろうか…視線を逸らした柴田はグッと言いかけた何かを飲み込んで視線を交わした。その目を見て全身が震え上がりそうになった。
あぁ、入った。
「佐倉”飲んで”」
わざとだらしなく迎え舌をして缶に口付ける。缶を傾ける柴田の手に合わせて顔を上げて柴田と視線を交わす。舌に絡みつく甘ったるいコーヒーの味に脳みそが麻痺してくるような感覚に陥る。
感情の分からない瞳、じっと俺を見る目に既視感。この目はドミナントが欲を満たした時に見せる目だ。
視線を逸らせない。
ゾクゾクするすげぇ気持ちいい。
口の端から流れ落ちる茶色い液体に気付いた柴田は傾きを戻し手を引く。外された視線にようやく意識が鮮明に浮上し、ペロッと舌を出して口の端に垂れたコーヒーを舐めとる。
視線を感じる。柴田が見てる。
ただじっと…俺を見てる。
親指で顎を伝う残った液体を拭うと目を合わせ、それを舐めとる。
俺から仕掛けるのはここまで、後は柴田の出方を見る。ただ身動きひとつ取らずに次の指示を待つ。
「…佐倉。まだ垂れてる」
口を開きそう言った柴田の声は低く重く鼓膜を揺らす。そっと伸ばされた柴田の手が頬に触れ、親指で唇の端をなぞる。
春先の夜20時、まだ冷たい風の吹く公園で冷たい指先が唇に添えられる。
脳内がとろける。体温が上がる。
期待に胸が膨らむ。
「佐倉…”舐めて”?」
唇が震える。全身が歓喜に震えた。
泣きそうなほど気持ちが高ぶる。
舌を出し柴田の親指を舐めた。付着する甘い液体を舐め取った後も舌で指を撫でる。
チラッと柴田を見上げると目が合った。交わった視線が時を止めたのかと思うほどゆっくり流れて見えた。ふわりと笑った柴田はグッと指先に力を込め、口の中へ親指を押し込んだ。
「っん…ふっ、」
舌を押され歯列を撫でられる、舌の裏まで入り込む柴田の指圧に自然と声が漏れる。
「佐倉舐めるんだよ」
そう言われてハッとした。されるがままだった口内を動き回る指を追い掛けて必死に舐める。俺が舐めてるのか、指で舌を弄ばれてるのかもう分からない。
ただ最高に興奮する。
じっとりと睨みつけるように俺を見下ろす柴田はもう教室で見せた人懐っこい面はして居なくて…もうそれは支配者の顔だった。
世界で2人きりなのかと錯覚するような時間は、静かな住宅街に響き渡る下品な女たちの笑い声で終わりを告げる。
近付く人の気配にハッとしたのか柴田はサッと俺から指を引き抜いた。
「…あ、佐倉…。ごめん、俺…」
手の甲で口の周りに垂れた唾液を拭い柴田を見る。
後悔と罪悪感に満ちた表情の柴田の手からコーヒーを奪い取り口の中を甘く満たした。
「柴田…楽しかった?」
「たの、しいとか…そういうのじゃ…」
歯切れの悪い返事と逸らされる視線に少し意地悪な気持ちになる。
「じゃあ、興奮した?…俺はすげぇした」
ねっとりと尾を引くような声色を使ってみる。肩を揺らし反応を示す柴田に詰め寄り、俺の口の中で好き勝手した手に触れる。
「なぁ柴田。」
「俺を飼ってみる?」
まるで缶コーヒーのような甘い誘惑。
柴田に飼われたい。俺にだけ見せて欲しい。お前の支配欲を。
ユカはダメだった。良くあることだがドミナントだと言いながら所詮知識を得ただけのバニラでしかない。命令と称してただ束縛し、舐め犬として使われただけ。興奮もクソもなかった。
けれどきっと柴田は違う。本人が気付いていないだけで支配欲が眠っている。
無意識に行うプレイ時と非プレイ時の声色の使い分け、スイッチが切り替わるような目の変わり方。
思い返すだけで息が詰まるほどの快楽が襲う。
柴田、俺を飼って。
柴田に飼われたい。
何でもするから、だから支配欲を俺で満たして。
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