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ベッドへ寝転がりボーッと手を眺める。
右手の親指を数時間前クラスメイトの口の中へ自ら突っ込んだ。何を考えていたのか…いや、色々考えていた。
佐倉が俺の指を舐めるのを眺め、高揚する気持ちの中で頭の嫌にクリアで、ただエロいと思っていた。
赤く湿った舌を突き出している佐倉の口に指を押し込んだらどうなるのか?考えた先から行動に移していた。
苦しそうに漏れた声はいやらしくて脳が痺れたのを感じた。
ヌルヌル 暖かい エロい 可愛い 苦しそう…。
無限に湧いてくる感想の中でもっと奥まで入れたらどうなるのかと考えた。
舌先から指でなぞって行けば…その内に舌の付け根に達して嘔吐くだろうか?苦しいと首を降って手を振り払う?いや、きっと佐倉は嘔吐きながらも涙をいっぱいに溜めて、それでも必死に舐めようとするのだろう。
それでも苦しくなって佐倉は涙目でこっちを見る。苦しいと目で訴えて次は何をしたらいいのかと指示を待つ…。
喉を鳴らして生唾を飲んだ。
頭の中で何者かが囁く。
「試してみればいい」と。
グッと親指の先に力を込めたその時、耳に飛び込んできた女の人の笑い声にハッとした。
俺は何をしてるんだ…?何をしようとした?
咄嗟に手を引き佐倉をみた。とろけたような表情で口を開けていた佐倉は残念そうに眉をひそめた。
持っていたことも忘れていた飲みかけの缶コーヒーを佐倉が取り、飲む様子に見とれた。
俺に飲まされたいんじゃねぇの?
ふと自分の中で湧く感情に驚いた。
多分ダメなやつだ。
ドス黒い感情が胸の底でとぐろを巻いている。
ダメだ。俺は普通だ。
「柴田…楽しかった?」
そんなんじゃない。楽しいなんてそんな可愛い感じじゃない。
あのまま続けていたら…もっと佐倉を苦しませた。
「じゃあ、興奮した?…俺はすげぇした」
佐倉が俺の指を舐めて…俺に指を突っ込まれて興奮した…?
ゾクゾクと背中が疼く。全身の血が巡るのを鮮明に感じた。
「なぁ柴田。」
「俺を飼ってみる?」
俺の指に佐倉も指を絡めてそう言った。薄く開いた瞳が俺を見つめて「欲しい」と目が訴えてくる。正直たまらない。
あの佐倉が俺を欲望に塗れた瞳で見つめて俺を求めてる。
答えれば、”佐倉を飼う”のか?
平凡でなんにもない俺が……?
佐倉のこめかみに貼られたガーゼが目に入る。
俺が飼えば、もう佐倉がどこぞの女に傷付けられずに済むのか?佐倉を俺のものに…。
佐倉の髪を頭ごと鷲掴み、形のいい唇を身勝手に貪る。白く綺麗な首筋に噛みつき赤く印をつける。そんな脳内シュミレーションに途端に怖くなった。
平凡な俺ができっこない。
無理だ。佐倉を飼うなんて出来ない。
「む、無理」
「…あ?」
絞り出してようやく出た声に佐倉の甘い顔が困惑と怒りに変わった。
「なんで?柴田も興奮してだだろ」
「いや、うん…でもダメだ!マジで!」
「はぁ?意味わかんねぇ!ノリノリだった癖に!」
肩を小突かれ身体が揺れる。やっぱ佐倉怖ぇかも…。そう思ったのは一瞬で、拗ねて唇を尖らしている佐倉は子供のようで可愛いと思ってしまった。
「〜っ!飼えよ!何でもしてやるから!」
「だめだって俺は普通でいい!」
「普通ってなんだよ!気持ち良けりゃいいだろーが!」
誘惑に負けそうになる心を制して佐倉と距離をとる。
「飼えない。それに、彼女も居るし…」
彼女と聞いた佐倉はピクっと片眉を上げ、視線が1度流れたが再び真っ直ぐ俺を見る。
「彼女居るからってペット飼えない奴いる?」
意気揚々と言ってのける佐倉に肩の力が抜けた。
「あのさ佐倉…人は犬や猫とは違うからな」
「俺は一緒でいーよ」
「良くないですっ」
佐倉がはぁぁ…と態とらしく大きくため息を着く。キッと睨まれ顔を逸らし視線から逃げた。
「……人の口ん中ぐちゃぐちゃに犯したくせに」
「言い方っ!」
「でも良いよ。男の経験ねぇけど柴田が命じるならなんだってする」
佐倉の表情が色気を帯びて、異様に喉が渇く。ここに居たらダメだと理性が警告する。
「……俺は命じないよ」
真剣に、佐倉に伝わるように。…自分に言い聞かせるように言った側から決心が揺らいだのは、想像していた反応とは違い佐倉が穏やかに笑ったせい。
「柴田」
「……帰ろ佐倉」
佐倉の腕を掴み無理矢理に公園を出る。でなければきっとまた、佐倉の形のいい唇に触れてしまいそうだと思ったから。
JRの駅に着くまでの間、お互い何も話さずただ佐倉と並んで歩いた。駅に着くと半ば強引に連絡先を聞かれ、お互い別のホームへ別れた。自宅のアパートの扉を開けるまでずっと何かを考えていた気がするが、ベッドへと倒れ込んだ瞬間に全て忘れた。
そしてボーッと感覚の残る手を眺めていた。
明日から本格的に新学期がスタートする。
今までのように平凡で、当たり障りのない日常を送れる気がしないのは、佐倉秋歩のせい。
整った容姿に派手な友人、良くない噂と想像を超えた性癖。
スマホが着信を知らせる音を奏で、画面を確認すると彼女の名前。じっと着信が切れるのを眺めていた。出る気にならないのは、佐倉秋歩のせい……。
「しばっち!おはよー!」
学校の下駄箱で靴を履き替えているとタケが元気いっぱいに声を掛けてくる。
寝不足の耳につんざく声に小さく「おはよ」と返すと下駄箱の扉を締めながらタケが首を傾げた。
「テンション低くね?どした?」
「いや、ちょっと寝れなくて…寝不足なだけ」
なんで?どうして?と聞きたそうなタケを置いて先に教室へ向かう。少し緊張しながら入った教室には佐倉の姿は無く、まだ登校してないないようでほっと胸を撫で下ろした。
4限目までの授業は新学期1発目なこともあり、教科書に目を通したり1年の復習だったりと嫌な授業ではないが酷くつまらない時間だった。
時折ぼーっと昨夜を思い出しては、空席になったままの佐倉の席を眺めてどんな顔をして会えばいいのかと頭を抱える。
そんな悩みもこれといった答えが出ないまま昼休みに入り、タケと購買で昼食を買い体育館ヘ向かった。
体育館に入ると数人の生徒が壁沿いに集まり昼食をとっていて、俺たちに気付くと手を挙げた。
「うぃーお前ら来なかったらどうしようかって話してたとこだったわ!」
そう言ってメロンパン片手に笑う小麦色の肌をした爽やかな山口は、去年同じクラスで昼休みに体育館で集まるバスケ仲間だ。他にもそんな風に各自が声を掛けて適当にメンバーが集まり昼休みは体育館に行けば誰かしらがバスケをしているようになった。
「山口何組なったの?」
「C組、柴田とタケはBだっけか?どーよB組は」
興味があるのかないのかメロンパンを頬張りながら片手はスマホでゲームをしている。サンドイッチの袋を破りながらタケがどうって言われてもなぁと言葉を探していたが、途端に「あ!」と顔を上げた。
「しばっちが佐倉と仲良くなった」
その言葉にお茶を飲んでいた手が止まる。
「さくらって、あの佐倉?…ほぇー。マジで柴田誰とでも仲良くなるなぁ」
「…まぁ席が後ろだし、それに全然噂とはちげぇよ?」
「ふーん?ま、所詮噂だろうしなぁ」
「そ」
なんだか色んな感情が表情に出そうで端的に話を終わらせた。どこか面白くなさそうなタケは空になったパックジュースのストローを加えてぷらぷらとさせていた。
「あつい!!」
昼休憩の終わりを告げる予鈴を聞いて皆が教室へ戻る中、涼しくスマホでゲームをしていたタケとは違い、俺と山口は体育館横の手洗い場で頭から水を被り頭を冷やす。
「タオルも無いのにどーすんのその頭」
呆れた顔のタケに言われて2人で頭を降って水気を飛ばす。まだ髪から雫が垂れているが仕方ないと教室へ向かう。
「山口、明日からタオル持っていこ」
「賛成。じゃ、また明日なー!タケも明日参加だかんな!」
「えー…暑いじゃん…」
タケの返事も聞かずにC組の教室に入っていった山口を見送り、俺達も自分たちの教室のドアを開ける。
「葵ちゃんなんで濡れてんの?ウケる」
教室に入るなり大きな声で話しかけてきたのは、昼休憩が始まるまで居なかった松本だった。松本の前には佐倉がスマホをいじって座っている。
教室で見る佐倉の横顔になんだかやましい気持ちが湧いてきてドキッと胸が鳴った。
松本の声にこちらに視線を向けた佐倉は「なんで濡れてんの」と同じ様に笑った。
うわ…めっちゃ普通に笑ってる…。
昨日あんなエロい顔してたのに…。
「バスケで汗かいちゃって…つか2人とも今来たの?」
「そうなんだよ。佐倉が勝手にアラーム消すからさー!」
「あ?あんなにうるせぇのに起きねぇお前が悪ぃだろ」
「だからって消したら終わりじゃね?」
仲良さげに言い合いを繰り広げる2人を見ながら席についた。
あの後…2人は一緒にいたのか。
俺は寝れずにごちゃごちゃ考えてたのに、2人で遅刻するほどぐっすり?
そんなことが頭をよぎった。
「?…柴田?」
「…え?」
「フッ、なんて顔してんのお前」
いつの間にか松本は自分の席に戻っていて5限目の数学の教師が教室に入ってくる。佐倉は俺の顔を見て笑う。
俺は今、どんな顔してたんだろ。
気持ちが晴れないまま帰りのHRが終わる。授業中とは違い教室が騒がしさを取り戻し、どうせ持ち帰ったとて開きもしない教科書をスクールバッグに詰め込む。前の席の佐倉は終わりの合図と共に松本と早々に教室から出ていった。昨日の出来事なんて無かったかのような佐倉の態度にどこか腹立たしさすら感じた。
それから2週間。
何も無い平凡で普通の日常だった。
新学期初日、あの日だけが俺の非日常だったのだと思い知った。
当たり障りのない会話をするただのクラスメイト、それが俺と佐倉の関係で…。
俺だけが佐倉を目で追っている。
佐倉とってあの日俺に飼われたいと言ったのはほんの出来心だったのだろう。
それが酷く不快だった。
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