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「あぁんっ…んんっ、あおぃ…っ」
「もうっ、イッちゃうっ…」
白い肌、柔らかい肉付きのいい身体、耳を犯す体液の混ざる音。
演技臭い喘ぎ声。
SEXってこんなにつまらなかったっけ?
「ねぇ、葵。なんか怒ってる?」
「ん?怒ってないよ?」
「ほんと?なんか今日ちょっと葵怖かった」
少し前屈みになりブラジャーのホックをとめながら彼女の雪が横目にこっちを見る。
丸めたティッシュをゴミ箱に投げ入れた後、ズボンを履いてペットボトルの蓋を開けて1口飲むと雪に手渡す。
「久々でちょっとがっつき過ぎた?ごめんね」
へらっと笑ってみせると水を飲みながら照れたように釣られて笑う雪は変わらず可愛くて、なのに正直さっさと帰って欲しいと思ってしまう。
「ねぇGWどっかデート行こうよ」
「どこも人多いよ?」
「いーの!…だって2年になってから葵と全然デートしてないもん」
「じゃあどっかバイト空けるよ」
拗ねたように口を尖らせる雪の表情を見てスっとスマホに視線を逸らす。
拗ね顔が好きでわざと茶化して怒らせて見た事もあったその表情に心が冷める。
「あ、でもね…今日ちょっと怖かったって言ったけどいっぱい抱き締めてくれたの嬉しかった」
背中に抱きつきながら恥ずかしそうに話す雪に少しばかりの罪悪感。
抱き締めたのは顔を見ない為、がっついたのもほぼヤケクソな八つ当たりSEXだったから…なんて口が裂けても言えないな。と心の中に留める。
何をしてても頭の中を支配するのは佐倉の事ばかり、何の因果か雪は佐倉と表情が似ている。だからこそ触れる指先や打ち付ける腰に力が入った。
似て非なるもの、佐倉ならもっと……なんて考えてしまうからいけない。
ベッドの上でスマホを触る雪の横に寝そべり目を閉じる。
あの日、グラウンドで佐倉は答えなかった。というか答えようとして答えられなかった。
「柴田俺を、」
「おい、お前何してんの?」
佐倉の声に被せるように声がして見渡すと、木の向こうグラウンドと道路を隔てる金網の向こうにいた松本が、怒ったように眉間に深くシワを寄せて睨みつけていた。
「…柴田、佐倉から手ぇ離せ」
ドスの効いた声、普段の明るい松本とは違った声にスっと手を下ろした。
自由を取り戻した身体を松本の方に向けた佐倉はヘラヘラと笑いながら金網に近寄る。
「ふざけてただけ!柴田と喧嘩するわけねぇって」
「ならいいけどよ…悪ぃな柴田!」
喧嘩かと思ったわーと笑う松本にホッと胸を撫で下ろすと共に佐倉の答えが聞けないままだった事に少し心がザワついた。
佐倉とろくに話せないまま2日が過ぎ、明日からはGWで土日を入れて5日間学校が休みに入る。ただのクラスメイトから何かが進展するかと思った手前、お預けを食らった気分で佐倉を思うとやたらと気持ちが落ち着かない。
気を紛らわそうと彼女を自宅へ招き、いつものように触れれば触れるほど、求めてるのはこれじゃないと自覚してしまった。
雪の欲情する顔も感じる顔もどれも物足りない。覚めていく表情に気付かれないように、つまらない彼女の顔を見ないように抱き寄せ、果てた時に脳裏に描いたのは佐倉の顔だった。
眉を下げうっすらと瞳に涙を浮かべ、必死に指を舐める佐倉は全身の血が騒ぎ立てるほど堪らなくエロくて色っぽかった。
あの日佐倉は何を言いかけたのだろう。
答えが知りたくて何度か開いたメッセージアプリのトーク画面は、新学期初日の夜に駅で連絡先を交換しただけで1度もやり取りが交わされていない。
こちらからコンタクトを取ろうとキーボードを表示させてはアプリを閉じるのは、やはりまだ”普通”ではないと気が乗らないせい。
佐倉を前にした時は良くも悪くも自分を見失う。ねちっこく嫌な感情が顔を出し、無意識に佐倉に触れてしまう。けれどどうしても1人になるとダメだと理性が働く。
こんな感情”普通”じゃない。グラウンドで過った佐倉をめちゃくちゃにしたいという欲望が異常だと分かってしまう。
雪は俺の最後の砦。
普通であるためには雪がいないと保てない。異常も欲望も誤魔化して奥へしまい込む。
彼女を盾に普通を装うのが異常だと知っていても手放せないのはそれが俺だから。
━━━━━・・・
「佐倉お前俺のこと暇だと思ってんだろ」
そう言ってコンビニ袋を片手に部屋へ入ってくる松本は少し不服そう。
ベッドで漫画を読みながら手を出すと頼んでいた炭酸飲料を手渡される。
「だって俺が暇だし」
「彼女と別れて暇だからって毎日呼びつけんな彼女か俺は」
ブツブツと文句を言いつつ座ると慣れたようにテレビをつけてゲームを起動する。
「彼女なんてまさか、松本はダーリン」
「シバくぞまじで」
小学校からの腐れ縁は気を使わなくていい。松本はただ淡々とゲームをして時折どうでもいいような話題を持ち出し2.3言会話をしてまた沈黙する。
愉快なゲーム音が流れる部屋で緩めに掛けたクーラーが丁度よく体温を留める。
「…で、なんで前の飼い主と別れたん」
いつ聞こうかとタイミングを測っていたのは気付いていたが、唐突すぎて少し吹き出して笑ってしまい睨みつけられる。
松本は俺の性癖を知っている。バレたのか自発的に話したのか忘れてしまうほどそれは簡単に受け入れられ、俺の彼女はただの彼女ではなく”飼い主”だと理解しているのは松本だけ。…後、柴田。
「あの飼い主はダメ。ただの独りよがりのわがままだったから興奮しなかった」
「…ふーん」
聞いてきたくせにつれない返事に少し気を引きたくなったのは多分心がまだガキだからだろうか。
「…新しい飼い主に目星はつけてる」
「は?早くね?次はどんな女よ」
「柴田」
俺の言葉にゲーム内で戦闘中なのも気に停めずにバッと振り返った松本は驚きと困惑の表情で笑いを誘う。
「うははっ!そうなるよなぁウケる」
「え、は?柴田ってあの葵ちゃん?」
「そ、葵ちゃん」
いつの間にかゲームオーバーと表示されたテレビ画面に向き直った松本はうわ、死んでるし…と呟きコンテニューを選ぶ。
「…無理だろ、柴田には」
「いんや?あれはドミナントの素質あるよ」
「見えねぇ…。つかなんでそうなったわけ?」
そう興味本位に聞いてくる松本にかいつまみながら経緯を話した。目が恐ろしく魅力的だった事、声が堪らなくエロかったこと。柴田の声に抗えないと話す俺を松本はいつものように理解できないと眉をひそめる。
「はぁ…?んでも柴田は拒否ってんだろ無理じゃん」
「いや、もう一押しってとこでお前が邪魔した」
そうだ、忘れてたこいつのせいで中断されたんだ。と掴まれた首の感覚を思い出し、足で松本の背中を蹴る。
「あ?俺?……あー…あん時?知らねぇよ学校でエロいことすんな馬鹿」
「エロくねぇよ。あのまま行けば飼われたかもしんねぇのにテメェんせいだ」
あれから柴田の周りにはいつもタケ?って呼ばれる奴がいたり、昼休みにはバスケに行ってしまい話すタイミングが見つからず「おはよう」と「また明日」を言うだけになってしまった。席は真後ろなのに話したいことが話せない距離がもどかしい。
明日からは連休で学校でも会えない……
「あ」
「あ?」
「俺柴田の連絡先知ってんじゃん。忘れてた」
「おーおー、なら俺を呼ばずに柴田呼べ。毎日毎日暇を持て余した変態に付き合い切れるか」
さすがの酷い言い方にムッとはしたがスルーしてやる。なんたって今は気分がすこぶるいい。忘れていたメッセージアプリを起動し[シバ]と表示されたアカウントを眺める。
いつ連絡しようか?なんで送ろうか?わくわくと心が踊り、柴田の低く重い声を思い出しゾクゾクと気持ちが高ぶる。
「あぁー…柴田にどちゃくそにエロい命令されてぇ…」
「あー!もうやめろよ!聞きたかねぇって!…そもそもお前いつから男も行けるようになったんだよ?俺の知る限り飼い主は女ばっかだったろーが」
そう松本にいわれ、思い返せば確かにそうだと思った。けれどそもそも男がどうだとか、女がいいとか、そういった固執したセクシャリティがあった訳でもない。
「んー?さぁわかんねぇ。ぶち犯されたら分かるんじゃね?」
「はぁ…ほんと嫌だお前」
呆れた声を出す松本はまたコンテニューを選ぶ。知らない間にゲームオーバーになっていたらしい。
「……射精管理されたい」
無意識に出た言葉に松本はたまらずクッションを投げつけた。
「マジでお前いい加減にしろよ?」
「別に松本に頼んでない」
「もうごめんだわ馬鹿たれ」
高校に入ってすぐ頃だろうか?欲求不満の爆発した俺が松本に「マスかくから首絞めてくんない?」と頼んだ。
過去一の幻滅した顔とブチ切れた松本を見たのはあれが最初で最後。
こっちこそもうごめんだ。
「理解ある幼馴染を無くしたくなかったら金輪際、俺を使おうとすんな」
胸ぐらを捕まれそう静かに言われた俺は分かったとしか返せなかった。
それからは俺の聞き役として徹する松本に愚痴や惚気こそするが、使おうとは到底思わなくなった。
そんなことを思い出しながらテレビ画面の中を忙しなく動くキャラクターを見ていたが、手元のスマホに再度視線を向ける。
やり取りのないまっさらなトーク画面をしばらく見つめ、タップする。
ポコンっと間抜けな音を鳴らし送信した使い慣れたスタンプは[かまって!]と噴き出しを添えた犬種の分からない犬のスタンプ。
直ぐに既読にならないのをつまらないと画面を消してスマホを枕の横に置いた。
「下手くそ」
「んだコラ、じゃあやって見せろよ」
「貸してみ?」
少し八つ当たり、ムッとした松本の横にベットから滑り降りるように腰を下ろしてコントローラーを受け取った。
柴田は連絡を返してくれるかな?久しぶりに楽しみが出来た。
ヘラヘラと笑う俺を見た松本が「楽しそうでなにより」と諦めたように呟いた。
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