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「気をつけてね」
そう最寄りの駅の改札まで雪を見送った後、スマホを家に忘れてきたことに気付いたがまぁ良いかとゆっくり自宅に向かって歩く。
こんな気持ちのままじゃいけない。早く雪と別れるか佐倉の事断ち切らないと…と考えながら歩くも、ふとした時に頭に浮かぶのはやっぱり佐倉の事で。
帰ったら連絡してみよう。そう決めると自然と早足になった。
初めて話したあの日サブミッシブという初めての言葉について調べてみた。
それと同時に知ったのはドミナント、支配的といった意味を持つ言葉だった。ドミナントという支配側とサブミッシブという従属側の関係性を佐倉は求めていることが分かった。
何をするのかどういったものか調べてみたが、どれも各ペアによってプレイが違うこと、またそれぞれのペアによって関係性すら変わることに頭を抱えた。
サブミッシブである佐倉は飼われたい、命令されたいと話してたことから精神的支配を望んでることは理解出来たが、以前の女が”彼女”なのかただ”飼い主”なのか…。佐倉は俺とプレイ目的のパートナーになりたいのか恋人兼パートナーなのか…。
佐倉はどうしたいのか、俺にドミナントが務まるのか。
佐倉ととりあえず話し合いたい。
そう考えている時点で俺自身佐倉に心酔している事にまだ気付かなかった。
自宅に着くと上着を脱ぎながら携帯を探す。ベットの下に置きっぱなしになっていたスマホを開くと「あ、」と声が漏れた。
画面には新着トークが表示されていて[かまって!]と吹き出しで話している風の犬のスタンプが佐倉から届いていた。
「かまってだって…なにそれ」
脱ぎ散らかした上着をそのままにニヤけた顔を手で覆った。
メッセージは20分前に受信していて、佐倉が俺に連絡してきたその事がただ嬉しくてトーク画面を眺める。
「あっ!やべ…」
眺めていた画面の電話のマークを誤タップしてしまいトーク画面は通話中に切り替わる。慌てて切ろうとした時には通話時間が表示され0:01、0:02と数字が増えていく。
諦めてスマホを耳に当てた。
━━━━━
「あー!くそっハメ技は卑怯だろ!」
「うるせぇ勝負に卑怯もクソもねぇよ」
松本と二人で対戦ゲームに没頭している最中にスマホが通話を知らせて鳴る。
「ほら卑怯もん電話出ろ!その間にライフ削ってやんよ!」
「てめっ、卑怯だろ!」
右手で携帯を手探りで探しスマホ画面を見ずに感覚で応答ボタンを押す、左手では必死にスティックを動かして松本の操作するキャラから逃げる。
「もしもし?!……?」
ゲームに熱中し過ぎてつい電話に出る声に力が入ったが電話の向こうは沈黙のままで、通話に出損ねたか?と画面を確認しようとしたが、微かに耳に当てたスピーカーから息遣いが聞こえた。
「もしー?」
『も、もしもし』
聞き覚えのある声にコントローラーを投げるように離して画面を見ると通話相手は[シバ]と表示されている。
「え、あっ?!柴田?!」
慌てる俺の声と様子に松本が面白そうにこっちを見ている。
『ごめん…返信しようとして誤タップで掛けちゃった…』
緊張しているのか普段より浮ついた声に嬉しさが込み上げてくる。柴田が電話してきた!と。
一気に浮上したテンションのやり場がなく、つい強めに松本の肩をシバいた。
「ってぇな…」
「電話!好きに倒してくれてイーヨ」
ニヤニヤと立ち上がり松本にそう言うとはいはいと手を振り、はよ行けと促される。
ベランダへ出ると少し肌寒さを感じたが、上がった気分のおかげか大丈夫だろうとしゃがむ。
『大丈夫?…誰かといたならメッセ送るよ』
「あー松本だから大丈夫。折角だし話そ」
『松本か…。』
「?…フッ、幼馴染だからなんもねーよ」
『そうだったんだ』
復唱するように松本の名前を言う柴田に、何となくもしかしてヤキモチ?なんて期待を込めてそんな風に言ってみると、柴田の声色に少し余裕を感じて口元が緩んだ。
『なぁ、佐倉』
「なに?」
あー電話っていいな…声が近い。
『この間の答え聞いてない』
「あー、どうされたい?ってやつ?」
よし来た!と心の中でガッツポーズ。
『そう…ほら、聞けなかったし』
また緊張して固くなったような柴田の声に顔のニヤつきが収まらず下唇をかみ締めて堪える。
初恋ってこんな感じ?ムズムズとした感情が溢れて胸が踊る。
柴田はどんな答えが欲しい?
どんな答えなら俺を受け入れる?
俺はお前に
「めちゃくちゃにされたい」
『っ……』
まるでフライングのように端的に出た答えに電話の向こうで柴田が息を飲むのが聞こえ、ミスったか?と内心少し焦った。
『そ、れは、プレイでって事?』
「そう。柴田の欲望のまま……あれ?俺プレイなんて教えたっけ?」
『欲望って…。あー…その、ちょっと調べたんだ。サブミッシブとかドミナントとか…』
「柴田が?自分で?マジか…」
想定外……調べて、その上で俺にどうされたいのか聞いてんの?そんなのもうプレイ前のカウンセリングじゃん…。
堪えきれない嬉しさが漏れないように片手で顔を覆う。
コンコンっと窓を叩かれ振り返ると上着を羽織り帰り支度をした松本が手を振っている。
「あ、柴田ちょっと待って」
『?わかった』
通話中のままのスマホを手に窓を開けて室内に入る。
「帰んの?」
「帰るよ。その方がゆっくり話せるべ?」
「ん、あんがと。また連絡する」
「暇の呼び出し勘弁な」
「…それはわからん」
じゃあごゆっくりーと部屋を出る松本を見送り、ベットへ腰掛けスマホを耳に当てる。
「わりぃ、松本が帰るっていうから」
『いいよ。…ごめん答えが聞きたかっただけなんだ。気になって』
「うん。…あ、なぁ柴田って外泊できる人?」
室内の時計を見ながら柴田に問いかける。
『ん?別に、出来る…けど』
「ならさ、今からウチ来ない?」
あわよくばそのまま1発プレイいかが?なんて下心は少し隠して、「なんならまだ20時前だし会うだけでも…」と付け足してみる。
『……行く』
ちょっと間が空いて聞こえた答えに、今度はリアルにグッと拳を握り小さめにガッツポーズをした。
それから自宅の最寄り駅を教え、最寄りに着いたら連絡してと話した後通話を切り、慌てて立ち上がり部屋を見渡して手当り次第ゴミやいらないものをゴミ袋に詰める。あらかた部屋を片付けるとベット横の引き出しを開け、中身を確認する。
ローションにコンドーム…後なんかいるもんある?!
やばい柴田が家に来る!と舞い上がる気持ちを必死に鎮めてそっと引き出しを閉めた。
「いやいや…ヤるとは限んねぇし…」
なんて独り言も虚しく期待しまくりの身体は局部に緩く熱を持つ。
はぁぁ…と深く息を吐き熱から気を逸らすように鍵を掴み部屋を出た。
駅の前でスーツを着た大人たちが群れをなして改札を出ていくのを見送りながら、ボーッと少し考える。
初めての彼女が出来た時や、初めての飼い主が出来た時ですらこんなに緊張しなかった筈なのに、柴田を家に招くだけで驚くほど狼狽え喜んでしまった挙句、今は怖いほど何故か緊張している。
期待しすぎてもし、やっぱ理解できないなんて言われたら立ち直れる気がしない。
そもそもバニラでストレートな男がこんな変態チックな性癖の俺とどうこうなるのか?
進展したとしてどこまでプレイする気だ?セックスまでいくもんか?ゲイやバイじゃなくても舐めたり擦ったり位なら出来るか?
待つ間ひたすらに湧いてでる疑問に答えは無くて、やれる事はただもしもの為に知識を入れること位か…とスマホでアナルセックスについて検索する。
拡張器なんてあんのか……。わんちゃん有りそうならポチるか。
どうしよ…柴田がバカデカアナコンダだったら…。いや、極小でもなんかやだな…。
「…くら…佐倉?」
「…っ?!あ、悪い、調べもん、してた」
とても下世話なことを考えていた所でご本人登場に、声が裏返りそうになりなんだか変な話し方になってしまった。
「待たせてごめん。迎えありがと」
ふわっと笑う柴田に下心のしの字も垣間見えず、少し罪悪感を感じた。
「柴田泊まってく?帰るの?」
こっちと家の方を示して2人で歩き出す。
「んー、でも急に泊まったら家の人に悪くない?」
「いや、俺一人暮らし」
「え?」
「親は仕事でずっと海外行ってんの、俺は英語話せないし勉強したくねぇし残って一人暮らし」
「へー、すげぇね。飯とかどうしてんの?」
「たまに自炊してほとんどコンビニとか適当ーに…」
興味津々といった様子で聞いてくる柴田の目がキラキラして行くのをみて、ふはっと笑った。
「食いたいなら作ってやるよ。今度な!」
「マジで?すげぇ楽しみ」
駅からそう遠くないアパートに到着し、室内に招き入れるとキョロキョロと忙しなく辺りを見渡している柴田に、ペットで悪いなとひと声掛けてお茶のペットをローテーブルに置く。
「佐倉の部屋シンプルでオシャレだね」
ダークウッドで統一された部屋は父の好みだったが、俺自身気に入っている部屋を褒められ気分がいい。
「だろ。柴田の部屋はどんな?」
「うーん…普通?」
「んだそれ」
そういえば前にも柴田の口から”普通”という言葉が出たのを思い出す。飼えと迫る俺に、俺は普通でいい!そういった柴田の顔が脳裏を過り、ふとそう言っていたのはどうなったんだ?と気になった。
じっと見つめると視線に気付いた柴田は緊張しだしたのか急に表情が固くなっていく。
「柴田俺に聞きたいことないの?」
「聞きたいこと…」
「うん。なんでも答える。」
柴田は何かを考えるように視線を落とし部屋に沈黙が流れる。きっとごちゃごちゃした頭ん中でも整理して質問を捻り出してるのだと考え、柴田が話し出すのを待とうと特に見たい訳でもないテレビをつけて少し音量を落とす。静かだった室内に緩くテレビから音声が流れ、先程よりも少しだけ空気が軽くなった気がした。
「佐倉」
声を掛けられ、テレビを眺めていた視線を柴田に向ける。
「なんで俺なの」
「勘……と、声と目?に惹かれたから」
本当は勘とだけ言おうとしていたが、柴田の表情が曇るのを感じて慌てて付け足した。嘘は言ってない。
「声と目?」
「そ、あの日柴田が”教えて”って言った声がすげぇ良かったんだよなぁ…あと目が真っ直ぐ俺を捉えてて」
「…わかんない」
「自分でわかんねぇ?俺に何かをさせたい時、柴田はスイッチが入るんだよ」
普段、相応の男子高校生のように光のある目をしている柴田が、カチッとスイッチを切り替えるようにスっと目の色を変える。有無を言わさないような支配的なその目に俺は従いたい。
「……。」
「…?」
黙り込んでしまった柴田の顔を覗き込んでみても、また思考の渦に飲まれて行ったのか反応がない。
考え込むと周りが見えなくなるタイプかー。と新しい柴田の一面にまぁいいか。とペットボトルの蓋を開けお茶を飲みながら待つ。
「…あの日から佐倉を見てるとイライラする」
唐突に話し始めた内容がまさかで一瞬ギョッとした。面と向かってイライラすると言われるとは…それも柴田に。
「あー…?なんで?」
「はっきりとは分からないけど…ムカつく。」
「…もしかして俺今喧嘩売られてる?」
「あ、違う!ごめん。そうじゃなくて…」
イライラする。とだけでは飽き足らず更にはムカつくとまで言われムッとしたままそう告げると、柴田が慌てて顔を上げた。
”普通”でいたいのに俺という存在が気になって”普通”で居られない。俺をどうにかしたいと思ってしまう。俺が何を考えてるのか分からない。こんなの”普通”じゃない。
片手で頭を抱え、もう一方の手はぎゅっと腹の辺りの服を掴みぽつりぽつりと柴田はそう言った。
異常なほど”普通”に固執した柴田の話になんだかやるせない気持ちになった。
確かに俺は”普通”じゃない。自分の性癖に気付いた時には確かに柴田と同じような悩みを持ったこともあった。それでも柴田のそれは深く根強いなにかであると感じた。
「柴田…普通ってなに」
純粋に気になった。柴田にとって普通の基準はなんなのか。何を持って柴田は線を引いて、こちら側に踏み入れることを恐れるのか知りたいと。
「……。」
「普通でいたいのに…って言ってるやつはもう普通じゃねぇよ」
何その顔…。
俺の言葉に柴田は怯えた様な…まるで迷子の子供のような目をしていた。
「なぁ俺は普通だよ。お前らはどうか知らねぇけどさ、俺にとってサブミッシブで命令されたい飼われたいって思うのはもう普通なんだよ。それが俺の普通なんだけど…柴田はどう思う?」
柴田にとって普通にこだわるのならそっと手を引くのが1番なのかも知れないと思いながら、それでもそんな葛藤の中でこうして俺に向き合おうとしてくれていることがただ嬉しくて、話し出した言葉が止まらない。
「あーあとなんだっけ俺が何考えてるか?だっけ。飼われたい、管理されたい、命令されたい。そればっか考えてるよ。それとエロい事」
なにか答えが見えただろうか。柴田の表情がちょっとだけ緩み俺の言葉にくすりと笑う。
「…佐倉はどんな命令されたいの?」
「どんなってのより、パートナーが望むことに応えたい、満足させたい。」
「俺が…命じたらなんでもすんの?…普通じゃなくても」
「なんでもするよ。それが普通だから」
泣きそうな柴田の顔に見とれた。かち合う視線が甘い雰囲気をまとっていて喉が渇く。
きっとなにかが変わるそんな予感がした。
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