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「もし次が駄目でもさ。それで人生が終わるわけじゃない。子どもがいたとしても成長したら手を離れていって、結局老後は二人なんだからさ。二人で生きればいいんだよ」
「ん、うん。二人で生きればいい……」
ハルキの言葉をなぞるように呟いた。
私が抱える宇宙が、泥で埋め尽くされていたとしても、静かにこのまま最期の時を迎えることになったとしても、私のスノードロップが咲かなかったとしても、二人で支え合っていく。
涙が止まらなかった。
✳︎
『おめでとう』
リカから第一声が届いた。私が3度目の高額不妊治療により妊娠し、報告した日の翌日。
「ありがとう」
お礼を言ったら、この会話ももう、終わりにしなければならない。
「無責任なことは言えないけど。でも……頑張って」
頑張ったって願いが叶う保証もなければ、もうすでに頑張っている人に頑張れと言うのは酷だという説もある。
けれど、それしか思いつかないから、そう言った。
『うん。頑張るよ。ほんとおめでとう。あと、今までありがとう』
「こちらこそ、」
鼻の奥がつんと痛んだ。
「ありがとう。心の支えだった」
『私も』
「病院も転院するから、会えなくなっちゃうけど」
大きいお腹で会えば、相手を苦しめることになる。順調に子どもを授かった人たちには分からない痛みを私たちは分かち合った。だから、自分がどうすべきかは知っている。
『スノードロップ、咲いて良かったね』
「うん」
最後の会話。それ以来、リカとは連絡を取っていなかった。
あの日、庭に植えたスノードロップは、大きな株となってたくさんの花を咲かせた。それをリカにも分けてあげて、リカは鉢植えにしたらしいが、今はどうなっているのだろう。
泥中に咲いた私の白い花は、出産を経て、今ではもりもりと食べる元気印の小学生となった。
「ママ! アイねえ、ママのおなかにいるときのことおぼえてるよ!」
「ええぇ! それはすごいね!」
私の感嘆に、娘は嬉しそうに話し出した。
「あのねえ、真っ暗のお部屋で、アイは目をパチパチしながら眠っててねえ」
「それは静かなお部屋なの?」
「ううん、とくんとくんってママのしんぞーの音が聞こえていたよ」
ふいに熱く込み上げてくるものがあった。
「そうなの? そこまで覚えているんだね。ママもアイが元気すぎて蹴飛ばしてくるから、ちょっと痛かったよ」
「ごめーん」
「ねえ、アイ。ママね、おなかの中に白くて可愛いお花を飾っていたんだよ。覚えてる?」
「えー真っ暗だったから知らなーい」
そう言って、だだだっと走っておもちゃ部屋へと行ってしまう。ひととこにじっとしていられない子だ。そういうところはハルキにそっくりだと思う。
私はスマホを取り出した。SNSを開き、そしてついさっき送られてきた写真をもう一度見つめる。
涙がぽろっとこぼれた。
満開のスノードロップの前、リカがおなかに手を当てている。リカは結局、あの後色々あって離婚はしたが、再婚相手との間に赤ちゃんを授かったそうだ。
「アイーパンケーキ食べる?」
「うん! 食べたい!」
「リョーカイ」
「メープルたっぷりね!」
熱くなった目頭を手で押さえながら、キッチンへと入り、エプロンのヒモをぎゅっと縛った。
私の宇宙よ。
しんとした静けさの中、
泥中に咲く、スノードロップを愛す。
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