2人が本棚に入れています
本棚に追加
泥中のスノードロップ
「どうしたら簡単に死ねると思う?」
言霊という言葉がある。言うのも躊躇する『死』という言葉を実際に口に出したのは、人生でこの時の一回だけだったと思う。
それほど、この日は特別だった。
何年もお金を貯め、体調管理も万全に整え、初めて臨んだ高額不妊治療が|徒労に終わった(・・・・・・・)とわかった日。それが私の精神に追い打ちをかけた。
口に出したと言っても、声にしたわけじゃない。相手はSNS。正確には文章で表した、と言うことになる。
躊躇なく返ってきた答えは、『オーバードーズ?』。
「なるほどそだね。あんま人に迷惑もかけなさそうだし、救急車呼ぶぐらい? そのまま病院に直行だし、それ良いかもね」
とはいえ、私はもうすでに山ほどの薬を摂取している。缶に入れられた薬は、山盛り過ぎてフタが閉まらないほど。
それを見てふと。皮膚をつねられたような笑いが込み上げた。卑屈で嘲笑的な笑いだろうけど、ここはもちろんアイロニー。笑っていいところだ。
『……残念だったね』
この博打は失敗だった。そう考えれば、途端に気持ちがざわついて、もやもやし始めるのを止められない。
そうだ。失敗だなんて思いたくない。私の卵子は頑張ってくれた。
「そだね、残念……んーーーでもうん。仕方がない」
『月並みでごめんだけど……元気出して』
「うん、ありがとう」
一呼吸。そしてもう一呼吸。吐いて吸って吐いてからまた吸った。
「死ぬのって……苦しいのかな」
いや、わかってる。そりゃ苦しいだろうよ、息が絶えるんだからさ。
目の前に積まれた薬の山。その光景を目にするだけでも、こんなにも心臓が押し潰されそうになって、息苦しくなるんだからさ。
「産まれるのと死ぬのはどっちが苦しいのかな」
『……どっちも経験していないから、わかんないけど……それよりほんと大丈夫?』
SNSの相手は、リカという。同じ産婦人科の病院で出会った、二個歳下の女性。同時期に同じ治療をしていて、赤ちゃんをこの胸に抱くという同じ夢、同じ目標がある。病院の待合室で少し話して、励まし合えればと連絡先を交換した。
「大丈夫大丈夫。結構平気」
本気で死にたいと思っているわけじゃない。ただ、一ヶ月に一回。はあーあ来ちゃった、と思う日がやってきて、私を憂鬱の国へとさらっていく。ただ、真剣に赤ちゃんを欲するようになってからは、同時にざざんと荒れる嵐の海のような日にもなる。
「平気だけど、辛いわ」
『カオリ、泣いてるの?』
そのワードで私はそろっと指の先を持ち上げて、頬、唇、鼻、目をなぞってみた。すると、さらっとした液体が、自分でも気づかないうちに顔じゅうを濡らしていた。
私がいつまでも沈黙しているから、『……カウンセリング受けてきなよ』と、助け舟でも出すかのように、リカが言った。
最初のコメントを投稿しよう!