泥中のスノードロップ

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中を覗く。白く可愛らしい花の鉢。 「駅前にフラワーショップができたじゃん? で、飛び込みで営業しに行ったわけよ。そしたらそこのおばちゃんがさ、熱心に保険の話を聞いてくれてさ。検討しますとまで言ってくれて、……」 スーツの上着を脱いで、ネクタイをほどいていく。クローゼットにスウェットを取りに行くと、喋っているはずのハルキの声が換気扇の音で、かき消されてしまった。 仕方なく、作っていた野菜炒めの火を切って、いったん換気扇を止めた。 「でね」 ハルキの声が戻ってくる。 「そのお礼になんか買ってあげようと思って探してたら、おばちゃんがおススメしてくれてさ。スノードロップ。春を待つ花なんだって。なんかそういうのイイなって思って」 受け取ったビニール袋から鉢を取り出してみる。とりあえず袋を下に敷き、テーブルの上に置いた。 白い花びらが3枚閉じていて、下向きになっている。その姿は確かに『雫』そのものだ。 「へえ可愛いじゃん」 さっそく世話の仕方を調べようとしてスマホをエプロンのポケットから取り出した。 スノードロップと検索する。 和名はマツユキソウ(待雪草)。なかなか趣深いね。 花言葉は、『希望』と『慰め』。アダムとイブがエデンの園から追放されたとき、心配した天使たちが降っていた雪をスノードロップの花に変えて、二人を元気づけたという説があるそうだ。 なるほど、妊活を頑張る私たちには『希望』『慰め』はぴったりのように思えてしまう。 ただ、次の文章に少しだけ、どきっと心臓が跳ねた。 イギリスの言い伝えでは、亡くなった恋人の遺体にスノードロップを供えたところ、恋人の身体が雪の雫になってしまったという逸話があるという。『死の象徴』なのだと。 さっきまでリカと『死』について話していたから、少し驚いてしまった。ややこやしい感情になりそうだったので、スマホの画面から目を逸らした。 「ど、どこに飾ろう?」 「玄関でいいんじゃない」 「そうだね」 鉢植えを持って玄関へと向かう。玄関のクツ箱の上、子宝草の横に、そっと置いてみる。そしてほうっと息をついた。 ああ、この白い可愛い花に誘われて、うちにも赤ちゃんを抱いた天使が、舞い降りてきてくれないだろうか。フランダースの犬のラストみたいに、あの荘厳な雰囲気で、この子を頼みますよと、授けに来てくれないだろうか。 「太陽に当たると花が咲くって書いてある」 エプロンのポケットから出したスマホを見ながらそう言うと、いつのまにか背後に立っていたハルキが「じゃあ今日はもう遅いから、とりあえずそこに置いておいて、明日、庭に植え直そう」と言った。
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