29人が本棚に入れています
本棚に追加
ワインを一口飲んで、イカをつまむ。やっぱりうまい。泣きそうになっちまって、焦る。俺は心底師匠に会いたかったんだって、改めて思い知らされる。
でも、師匠が俺との再会を喜んでくれるかは、また別の話だ。
師匠と暮らしたトーキョーでの数ヶ月は、新しい環境の中で師弟ごっこができて楽しかった。敵の組織が経営する店に潜入するために整形でイケメンになったおかげで、いろいろおいしい思いもした。
でも、師匠にとって俺は奥さんと子供を殺した組織の人間で、その上年が一回り上の師匠に指示を出し、監視する役だった。普通なら、そんなヤツが来ても絶対喜ばねえ。
だけど、最後に会った日、病院に見舞いに来てくれた師匠は腹を刺されちまった俺を本当に心配してくれて。俺もそんな師匠の態度がうれしくて泣いちまって、でももう会えないだろうと思うと、悲しくて。ガキみたいに泣いた。
俺はあの時の師匠の態度に賭けて、イチかバチかで会いに来てみた。拒否られたらそれまでだけど、もし……。
「あの、お会計お願いします」
男の声にはっとする。見ていると、師匠は料理の手を止めてその場で電卓をたたき、女は先に店を出た。よっしゃ、これで店には俺と師匠だけだ。
カップルが帰ると、師匠はすぐに俺にピザを出した。
いつ、正体を明かそうか。ピザをむしゃむしゃ食いながら、考える。うまい。薄い生地がサクッとして、チーズの塩気とよくあう。タイミングは大事だ。全然話もできないまま店を追い出されるようなはめになるのは、嫌だ。師匠の料理をしっかり全部食ってからがいいだろう。うまい、具はシンプルなのに本当にうまい。
「お待たせしました」
あっという間にピザを平らげたところに、カルボナーラが出てきた。師匠のカルボナーラはマジでうまい。これまで食ってきたパスタはなんだったんだろうと思ったぐらいだ。まあ、俺がこれまでの二十四年の人生で、ろくなもんを食ってこなかったってのもあるけど。
最初のコメントを投稿しよう!