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「そんなに肩に力入れなくていいよ、楽にして切ってみて。押して、引く」
師匠がやるとすげえきれいに切れるのに、俺がやるとぐしゃっとなる。悔しい。
「あ~!」
思わず、声が出た。師匠がいつも超高速であっさりやってるのが、めっちゃすごいことだと、改めて分かる。確かにこれは魔法じゃない。地味な努力の積み重ねだ。
「まずは慣れることだから、焦らないで。ぐちゃっとなっても全然問題ないし。このぐらいの幅で最後まで切ってくれる?」
今こんなんだったら、普通に料理できるレベルになるのだって、いったい何年かかるんだ? 気が遠くなりそうだ。
「切れたら、向きを変えてまた切って、角切りにする」
師匠は俺が切ったトマトの向きを変え、俺の手に手を添えて包丁を動かした。師匠にこんなふうに、まさに手取り足取りって感じで教えてもらえるの、最高だな。
「そしてこれを、こうやってこのボウルに入れる。って感じで、このトマト全部切ってね」
一転、ちょっとげんなりしそうになった。師匠が簡単そうに料理するから実感薄かったけど、いろんなものを切ってゆでたり炒めたり焼いたり、あれやこれや料理って結構手間がかかるんだよな。
俺がおぼつかない手でトマトを切っている間に、師匠は手際よく大量のじゃがいもをむいて、それを次々切って鍋に入れ、ゆで始めた。
チラッと壁の時計を見る。こんな調子でやってたら、開店時間に間に合わなくね?
「ゆっくりでいいから。最初から上手にできる人なんていないよ」
師匠は俺の考えなんかお見通しだったみたいだ。俺を見守りながら、今度は冷蔵庫からイカを出してさばき始める。思わず手を止めて、師匠の手元をじっと見ちまう。長くてきれいな指でテキパキやるから、うっかり見とれそうになる。
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