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 シュウさんが歌い出した。なんだか懐かしい。あの店で見ていた、ステージ上のシュウさんを思い出す。シュウさんの声は、ピアノの音と同じぐらいキラキラと澄んで、ピアノの音と絡みあいながら伸びやかに、でも切々と流れていく。  歌手らしい「僕」は、あなたに褒めてもらえればそれでいい、あなたの愛だけが欲しい、と切実に歌う。師匠とのことみたいで、心をつままれるような気分だ。  曲を聴く師匠の瞳はすごく優しくて、少し潤んでいた。シュウさんとの思い出に浸っているのかも知れない。つままれていただけの心が、つねられて痛む。俺はそれに耐えるように、師匠の肩に顔を埋めた。  次の曲は、もっと師匠とのことみたいだった。あなたは料理を作る、僕はそばで鼻歌を歌う、その歌私も好きよとあなたが笑う。そんなやりとりだけで幸せを感じる。そんな内容を、本当に優しくふわっとした声で歌う。  絶対、シュウさんが師匠とあの部屋で過ごしてた時、リアルにこんなやりとりあっただろ?  むくむくと雷雲みたく、たちまち大きくなる嫉妬。 「これ、師匠とのことじゃないんスか?」  自分でもびっくりするぐらい、物騒な声が出た。 「マジな話、シュウさんのことどう思ってたの? 結局、ヤってないんでしょ?」  あの街にいた頃、シュウさんとデキちまえ、ヤっちまえとそそのかしてた立場でなんだけど。こんな歌聴いちまったら、この人のことだから騙すとかなしで、ホントに好きだったのかもって急に不安になる。だってこんなん、どう聴いたってまだシュウさんは師匠に気があるに決まってんだろ。 「肉体関係があるかないかって、そんなに大事?」  俺を見る目が真剣で鋭くて、怒ってるようにも見える。ドキッとする。 「大事に決まってるじゃん。好きならエッチして、ひっついていたいもん」  なんか妙に焦る。あの頃は二人がくっつくかどうか、ゲームみたいに面白がってたし、師匠がシュウさんをじらしてもてあそんでるんだろうと思ってた。でも、そもそも師匠はそんなことできる人じゃねえ。
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