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 自分でも、いろいろ言えば言うほど嘘っぽく聞こえる気がした。でも全部本当のことだ。腹の傷が治ると正式に組を抜けて、師匠を探した。あの店にいた時にひっかけた組織の連中に連絡するっていう、ちょっとヤバイ手も使ったりして、ようやく師匠の居場所が分かった。  表の看板を片づけたりして、店じまいをする師匠。俺はそれをじっと見てた。少し顔つきは変わってしまっても、そこにいるのは確かに師匠だ。それがなんだか、じわじわとうれしい。 「余り物だけど、食べて」  カウンター席に座って待っていた俺の前に、皿いっぱいのイカの炒め物と大きな入れ物に三分の一ぐらい残ったティラミスが、そのままどんと出される。 「うわマジスか、やった! いただきます!」  やっと、師匠はかすかに笑った。椅子一つ分空けた俺の左隣に座って、赤ワインを開ける。グラスに半分ぐらい注いだのを、一気に飲み干す。  ドキッとした。俺の知る限り、師匠がこんな飲み方をするのは見たことがない。見ていると、またすぐがっつりワインを注いで、ごくごくと半分ぐらい飲んで息をつく。俺の記憶では、師匠は酒の楽しみ方を知ってる大人って感じで、最初はいけ好かねえなって思ったぐらいだったのに。 「……酒、そんなに飲む人でしたっけ?」  おそるおそるという感じで訊くと、師匠は口の端を上げ、無言でグラスを空にした。すさんだ感じが強調されるような、表情。思わずなにも言えなくなる。 「で、なにしに来たって?」  イカをつまむと、師匠はまたワインをグラスに注いだ。あの穏やかな、春の海みたいなたたずまいはどこに行ってしまったのか。 「やだな、俺の話聞いてなかったんスか? 会いたくて来ちゃいました」  内心の不安と動揺を隠して、俺は思いっきり明るく笑ってみせた。 「本当にそれだけのために? なんで?」  笑ってみせても、師匠の表情は変わらない。俺を警戒するのは当然だ。こうして今並んで話してくれてること自体、期待以上だったわけで。俺からすると甘いと思うけど、その人のよさが育ちのよさを感じさせて、ちょっと嫌いでちょっとうらやましい。
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