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昔から私は、気まずく静まり返った空気の中でも、迷いなく声を張り上げることができた。
小学生の頃、給食当番の子がカレーを全部こぼしてしまったとき。
中学生の頃、クラスメイトの持っていた少しお高めのリュックサックが盗まれてしまったとき。
高校生の頃、同級生が年上の恋人に手酷く振られと言って廊下で延々に泣いているとき。
みんなが気まずく押し黙る、静けさの中で私だけはいつも空気を読まずに声を張り上げていた。
その度にぎょっとした顔で幼馴染の直樹がツッコミを入れてくれていた。
「いや、今はそれ言う時じゃないだろ!」
直樹がそう言うと、いつもみんな呆気に取られた顔をして、それからくすくすと笑い始める。
直樹はいつも私に「いい加減にしろって、真由」「いや俺はいいよ慣れてるから」「でもさ、みんなびっくりするから、俺さぁ真由がみんなに嫌われるとかほんと嫌なんだけど」と必死で言っていた。
でも私は知っている。私が声を張り上げるたびに直樹が一番安心していたことに。
しん、と静まり返った中で、みんなが気まずそうにしていると、直樹は決まってどうしていいかわからないという顔で、泣き出す一歩手前の顔をしているから。
直樹は人前で泣くのが嫌いだ。だから私はいつも声を張り上げる。いつも、いつも。どんなときだって。
それがお葬式の時だって、変わらずそうするのだ。
「いやー、死んでるね! めっちゃ死んでる! 死ぬとこんな感じなんだねえ」
「…………」
「ん? 化粧されてる? ちょっと下手じゃない? ブルベじゃなくて、イエベなんだけど!」
私がいくら声を張り上げても、直樹はいつものように私を止めることはなかった。
ただ棺桶の前でじっとうつむいている。私はその背後から必死に声を上げる。それでも直樹は私を見ない。
「いやー、死んでも美人だよね! ね、そう思うでしょ? 思わない? 幼馴染だからって、辛辣だなー、直樹は!」
「…………」
「直樹、ねえ、なおき」
直樹が涙をこぼした。あんなに人前で泣くのを嫌がっていたのに。幼稚園の頃からそうなのに。直樹が泣いた。
「真由、まゆ……」
どうか泣かないでほしい。どうかいつものように私に負けないくらい大きな声を出して、私を叱ってほしい。なんで死んだのだと怒ってほしい。
直樹の背後で浮きながら、私はもう泣くこともできない体でただ直樹の名前を呼ぶことしかできない。
どうか、どうか、私がいなくても、直樹には直樹らしくいてほしい。どうか泣かないで。直樹には笑顔が似合ってる。
私はもう声を張り上げてあなたの涙を止めることができないのだから。
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