最終列車

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「タバコ吸ってくる」  そう妻の莉緒(りお)に伝え、リビングの掃き出し窓を開けて夜のベランダに出た。  それまで快適だった室内から一転、スウェットだけの身体に冷気が張り付く。  寒い。春も目前に控えた時期だったが、控えているだけでまだまだ冬だ。  夜半であれば尚更、そしてマンション十階のベランダであれば殊更だった。  一時(いっとき)の辛抱と覚悟を決め、口に咥えたタバコに急いで火をつける。せめて風よけにしゃがもうかと思案していたところ、目の端に光の線が見えた。 「最終列車か」  しゃがむのを止めて手すりに肘を突き、前のめりにもたれかかる。  東京発新大阪行きの新幹線が遠く、真夜中の静まり返った街を無音で横切っていく。  光の矢のように、と形容したいところだったが新幹線の室内から漏れる光は案外、窓の形が分かるくらいにははっきりと見えた。  そんな光景に懐かしさを覚え、目を細めながらタバコの煙を吐き出す。  十年前、僕は当時付き合っていた彼女とあそこに乗っていた。  関西出身の僕は就職で東京に出てきていた。  職場で同僚だった彼女に惹かれ、必死な思いで気持ちを打ち明け付き合いだして三年。  結婚を意識しだした僕は彼女を実家に招待した。  そんな気持ちを察してか彼女は「はい」と、かしこまって返事した。  金曜の仕事終わり、予定よりも仕事が押してしまい二人して慌ただしく最終列車に乗り込んだ。  初めはどこへ行こうかなどと談笑していたが、名古屋を過ぎた辺りから彼女の口数は徐々に少なくなっていった。  落ち着きが無くなり、スマホを開いたかと思うとすぐ閉じてまた開く。気を紛らわせようと話しかけても上の空。  緊張しているのは明白で、どうしたものかと考えあぐねて彼女越しに窓の外に目をやる。    外は暗闇、昼間ならば田園が広がり日本人の郷愁を誘う風景なのだろうが、今は灯りも(まば)らに輪郭は朧げで心細い。  木々に視界を遮られた後、不意に街の夜景が広がった。都会と比べると寂しさは拭えなかったが、人の営みを感じる街の灯りは安心感があった。  そしてその奥高い場所にライトアップされた城が見えた。 「お城だ」  僕の言葉に彼女が顔を外へ向けた。  反射した窓越しに彼女の顔を見る。光に照らし出され小さくとも威風堂々とした城の情景に心奪われている様子だった。  窓に映し出された彼女とふと目が合い、互いに微笑む。肘掛けに置かれた彼女の手を握ると手のひらを返して握り返してきた。
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