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想定より時間をかけてしまった。
日吉つかさは階段を駆け下りながら左手首の腕時計を見遣った。
午前八時五十七分。
出社時刻である九時を大幅に過ぎれば、組み上げた計画の瓦解は免れない。日吉は時間の遅れを挽回しようと懸命に足を動かした。タンタンタンと階段の音が強く響く。
午前八時五十八分。
どうにか一階まで到着した日吉はマスクを顎先までずらし酸素を貪った。
今なら、まだ間に合う。
壁に右手を突いてふらつく足取りを安定させた日吉は瞬間、全身に冷や水を浴びせられた気分になった。
盛大な過ちを犯していることに気付いたのだ。
日吉は階段を振り返って先刻の出来事を反芻した。が、動揺と焦りのせいで記憶が上手く像を結ばなかった。
あれが、もし……いや、大丈夫だ。まだ会社には、私一人しかいない──。
ピーン、ポーン。
そのとき、場違いに呑気な音が日吉の鼓膜を震わせた。聞き間違いだろうかと疑ったのは一瞬だった。
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