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日吉ははっとして首を巡らせる。出所の正体はすぐに判明した。左斜め前方の(社内に置いて非常階段を除いた唯一の移動手段である)エレベーターの扉が今まさに、閉じようとしていたのである。
背筋を冷たい何かが滑り落ちた。
行き先は間違いなく社長室のフロアだ。日吉が秘書として仕えるこの会社は酷く時代遅れな業務形態を取っており、出社した社員は皆、もれなく社長室に赴いて社長の長谷部に挨拶をしなければならないのだ。
午前九時一分。警備会社のシステムにより、正面入口は開錠されたばかり──。
「待って下さい!」
日吉は無我夢中で駆け寄った。計画に支障をきたすことになるが、何としても先に越されるわけにはいかなかった。幸いにも声は届いたようで、中途半端な位置で止まった扉が日吉の為にゆっくりと開く。
「ありがとうございます。それと、」
おはようございます、という言葉を日吉は呑み込んだ。それだけでなく、彼女は両手で口を覆って瞠目した。
まるで鏡と対面したかのように、自分と瓜二つの人物が、乗り込んでいたのだ。
向こうも、驚きに両目を見開いていた。
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