1人が本棚に入れています
本棚に追加
日々浴びせられるセクハラに辟易し、しかし秘書の仕事を失うまいと屈辱に耐え、心の一端で早く殺して解放されたいと望み、それら全てを抑え付けた結果、アンドロイドを模倣したみたいな無感情の貌。
「…………っ」
日吉の脳裏に、首を絞められて青紫に悶え苦しむ社長が蘇った。不意に込み上げた吐き気と息苦しさにネクタイを緩めようとしたが、胸元で人差し指を鉤爪形にした状態で止めた。両手に殺害時の感触が生々しく残っていたし、何より首元のそれは社長の命を奪った凶器なのだ。今になって穢れをぶら下げている気分になった。
仕方なくマスクの中で呼吸を整えた。目的を失って彷徨った手は、なるべく自然な動きで腰に据えた。監視カメラの起動している箱の中の静寂は、些細な物音ですら空気を振動させそうだった。
一方、女は先程から微動だにしない。昨日までの私がそうであったように、社長室のフロアに到着するのを待っている。
いったい誰なのかしら? 社員で見覚えはないし、面接の予定は無かったはずだが──。
と、日吉は未だ秘書の立ち回りから解放されていない事実に思い至って、苦笑を口角に滲ませた。
最初のコメントを投稿しよう!