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ブー、ブー、ブ。
『九階です』
着信が切れると同時に到着アナウンスが聞こえ、日吉の心臓が安堵と緊張で撹拌された。またぞろ食道を気持ちの悪さが這ってきて、ぐっと堪えた。
ここからが勝負なのだ。
取り敢えず社長の死体を発見して、女に警察への通報を頼んで、その間に私は──。
ピーン、ポーン。
日吉は扉が完全に開くまで辛抱強く待ち、居住まいを正してから廊下を真っ直ぐ進んだ。
──その途中で違和感を覚えた。
何気なしに立ち止まって背後を確認すると、なぜか女はエレベーターに佇んだままで降りて来る気配がなかった。
「……あの、九階に用事があるんですよね?」日吉は声の調子に注意を払って訊ねた。
「はい」女は一度頷いてから、双眸を細めた。「でも、もう用は済んでいるようなので。あたしは、帰ります」
「は?」
呆気に取られる日吉の眼前で、エレベーターの扉は女の姿を隠すように閉じ始めた。
用が済んでいる、とは?
ブー、ブー、ブー。
また『森駒』からだろうか。日吉がスマホを手にしたタイミングで、女は最後にこう言い残した。
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