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「あ、玉子焼き。
俺、好きなんですよね」
「えっ、あっ、返して!」
誰もやるとは言っていないのに、志摩くんが勝手にひょいっと玉子焼きを掴み、その口に運ぶ。
ちょっと焦げている、お世辞にもよくできたとはいえない玉子焼き。
ごくんと飲み込むと同時に、志摩くんの眉間にしわが寄る。
「……まずっ」
わかっている、そんなこと。
自分でも食べて、甘いんだかしょっぱいんだかわからない、微妙な味だとは思ったもん。
でも、これが私の精一杯。
「どうしたらこんなまずいの、作れるんですか?」
そう言いながらも、志摩くんの箸はふたつ目を摘まんでいる。
「まずいんなら食べなきゃいいでしょ」
上目遣いで不満げに睨んだが、志摩くんはぱくりと摘んだ玉子焼きを食べてしまった。
「やっぱまずっ」
口直し、なのかずるずると志摩くんがラーメンを啜りだす。
というか、別に食べてくれなんて頼んでないし。
玉子焼きのなくなった、残りのお弁当を無言で食べる。
あとは冷凍食品とウィンナーだから、無難な感じ。
「ごちそうさまでした。
……あ、西園先輩。
どう考えてもそんなまずいもん食えるの、俺くらいしかいないと思うんですよね。
仕方ないから、俺がこれから食ってあげますよ」
「は?」
さっぱり意味がわからない。
ぼけっと志摩くんの顔を見つめていたら、ふいっと視線を逸らして行ってしまった。
……これが、志摩くんからのプロポーズだったって気づいたのは、私が志摩姓になったずっと後のこと。
【終】
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