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焦ってはいけないと決めた筈なのに、楓様のお顔を見る度にもっと知りたいという欲求が膨れ上がってしまう。
この気持ちはバトラーとしての立場だからなのか……。
それにしては、かなり深いとこまで私は楓様を追い求めているような気がする。
どんなに必死にお側に仕えたいと思っていても、所詮お客様と従業員の関係でしかないのに。
それでも求めてしまうのは、楓様が孤高の一匹狼だからなのだろうか。
私は一体どこまでこのお方の心に触れていくつもりなのか……。
先程余計な邪念を払ったばっかりなのに、油断するとまたもや悶々とする想いが沸き起こってきて、もはやどうにも出来ないと、私は諦めて深い溜息を吐く。
そんな中、握られた手から感じる楓様の初めての温もり。
人に触れられると緊張してしまうけど、何処か心地良さと安心感を覚える。
暫くこうしていたいような……。
出来ることなら、私も楓様の手を握りたいような……。
この温かい気持ちは、“愛しさ”というものなのだろうか。
でも、それは家族や身内に向けるものとは違う、何かもっと特別なもの。
まるで、瀬名さんを想う気持ちと似ているような……。
……。
………。
私ったら本当に何を考えているのでしょうっ!!
まさかの今度はとんでもない方向へと進もうとする自分の思考回路を強制終了させる為、私は片方の空いている手で自分の頬を軽く叩く。
間違ってもそれだけは有り得ないと。
血迷った自分に言い聞かせながら、気持ちを落ち着かせる。
……やはりこの状況が良くないですね。
そう思った私は意を決して、楓様の手から逃れる為にゆっくりと腕を引く。
すると、熟睡しているからなのか握っていた手に力はなく、案外するりと簡単に抜けたので、私はほっと胸を撫で下ろした。
それでもまだ手に残る温もりに鼓動は未だ小刻みに震えながらも、私は楓様にゆっくりと布団を掛ける。
おそらくこの様子だと、朝までお休みになられるのでしょう。
明日はしっかりと起きて下さるのでしょうか……。
なんて、苦労した朝の出来事を思い出すとつい肩が下がってしまう。
何はともあれ、これで今日のおもてなしは一段落し、何だか達成感が湧いてくる。
とりあえず、今夜は楓様にとって癒しの時間になって欲しくて。
いい夢を見て欲しくて。
「おやすみなさい。楓様」
そんな想いを込めて、私は静かに眠る彼に向けて小声でそっと呟いたのだった。
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