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◇◇◇
「美守先輩、東郷様のバトラーだなんて最高過ぎませんかっ!?」
楓様と白鳥様を見送り、ロビーへと戻ろうとしたところ丁度桜井さんと出会し、挨拶をする前に開口一番に食い気味に迫られた。
「さっき美守先輩が東郷様を見送るところ見てましたけど、やっぱり噂通りめちゃくちゃ美形で超イケメンでモデルみたいなお方なんですね!しかも御曹司だし、あんなハイスペック過ぎる方のバトラーなんて夢みたいな話じゃないですかぁ!」
どうやら、一目で楓様に心を奪われてしまったのか。頬を染めながら、私を置いてどんどんと妄想の世界へと旅立とうとする桜井さん。
「私、瀬名先輩と美守先輩がお似合いだと思っていましたけど、東郷様とも凄くお似合いですね!本当に絵になるお二人で暫く見惚れちゃいましたよ!」
しまいには、桜井さんのとんでもない爆弾発言に、私まで頬が一気に赤く染まってしまった。
「お、お似合いだなんて。楓様はお客様である前に東郷グループのお方ですし、婚約者もいらっしゃいますから」
何とも恐れ多い話に内心焦りながら、私は尚も止まらない彼女の暴走を宥めようと静かに制する。
「なんだあ。そうなんですかー。……まあ、そうですよねー。御曹司ですもんねー。そんな方と一般人である私達がお近付きになれるなんて、そうそう起こりませんよねー」
“婚約者”という言葉で現実に引き戻された桜井さんは、一気に意気消沈すると、長い溜息を吐いて不貞腐れるように頬を膨らませた。
「てか、美守先輩は東郷様のこと下の名前で呼んでるんですね?」
すると、思わぬところを指摘され、私は一瞬目が点になる。
「……あ、はい。身の回りの者には名前で呼ぶように指示されてますので」
「そうなんですか?変わってますね」
桜井さんの物珍しそうな眼差しを向けられ、ふと思い返せば確かにそうかもしれない。
楓様の事情を知らない方達からしてみれば、上の立場にいらっしゃる方を下の名前で呼ぶなんて、そうそうにない話なのでしょう。
「それじゃあ、美守先輩は東郷様に何て呼ばれているんですか?」
「え?わ、私ですか?」
なんて思い耽ていると、期待の眼差しと共に突然投げられた桜井さんの質問に、心臓が小さく跳ね上がった。
「そうですね。今まで名前で呼ばれた事なんて一度もありませんでしたが……」
そこまで話すと、ふと脳裏に浮かび上がってきた今朝の出来事。
その瞬間、私の頬は再び熱を帯び始めていく。
「……今日は初めて“美守”と呼んでくださいました」
そう打ち明けた途端に、またあの胸が騒めきだすような感覚が襲って来る。
何だか鼓動も徐々に速さを増していき、そんな自分の反応に戸惑いを感じた私は、つい視線を足下へと落としてしまった。
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